資本家が大学への寄付を通じて、チエをカネに変える
チエ(=インテレクチュアル・キャピタリズム)とは、新しい知識・決定的な情報・技術・文化が集積されていく動きです。中心となる共通価値は、創造性・新規性・有用性などになるでしょう。これらの集積地は主には大学・シンクタンク・研究所・マスメディアなどとなります。インテレクチュアル・キャピタリストとは、学者・研究者・技術者・ジャーナリスト・情報屋などです。彼らは、資産の多寡や人徳よりは、一義的にはやはり知性や才能、論理的実証能力、進取の気性、情報収集分析能力などが厳しく問われることになります。
そして、「カネ・コネ・チエ」は相互に連動します。「カネ」と「コネ」が「チエ」を生んだり、「チエ」と「コネ」から「カネ」が生まれたりと、他のふたつからひとつが生まれます。特に、金融業や資本家が、大学や研究所、協会、サロンへの投資や寄付を通じて、最新の研究成果や市場情報へのアクセス権を手に入れ、「カネ」を「コネ」と「チエ」に変換して積み上げておく(図2)。
そして儲け話の種を手に入れて、しかるべき企業家に提供し、その事業に投資して儲ける。そうした、「コネ」と「チエ」を「カネ」に換える(図3)という「カネ」⇔「コネ」×「チエ」間のダイナミックな潮流が基調となっているように見えました。
この価値変換において決定的な役割を果たすのが、ジェントルメンズ・クラブやサロンといった閉じられた社交場です。ですから「特権」とはすなわち、自分の持っているキャピタルを自分が欲しい他のキャピタルに換えてくれる、ベンチャー・キャピタルなどの「カタリスト(媒介者)」と出会えるコミュニティへの入場資格である、と言い換えることもできるでしょう。
エリート階層への扉はうっすらと開いている
連動し循環する3つのキャピタルの間を泳ぎながら、いかにして英国エリートができあがっていくか、いかにして、伝統的上流階級が権勢を維持しているかを、日本と比較しながら描出してみたいと思います。
さまざまな社会学の研究が指し示すとおり、「階級が世襲によって再生産される」という部分は、確かに大きいと思います。しかし同時に、エリート階層の多様性や競争力を保持するためには、新しい空気を入れなければなりません。そのために、システムへの入口となる「はしご」が下りているように見えます。完全な独占ではなく、うっすらと扉が開いているのです。
たとえば、東欧の中流以下の家庭に育っても学校の成績が優秀であれば、EU圏の奨学機関から支援を得て、より「開かれた」学風のUCLやLSEといった一流大学に入ることは十分可能だと思います(学部からオックスフォードやケンブリッジに入るには富と出自といった学力以外の要素も事実上はかなり問われるので、少々難易度が高いかもしれません)。