ディグニタスの費用については、同団体を利用したイギリス人のデータをまとめた英紙インデペンデントによると、平均1万ポンド(約152万円)。人により誤差はあるが、6500~1万5000ポンド(96~225万円)が相場だという。誤差があるのは、「遺体処理や葬儀費」が人によって異なるからだ。

「お金で死を買った」ことに後悔はなかった

末期の膵臓がんだった68歳のスウェーデン人女性は、安楽死の前日、スイスのホテルで私に言った。

「苦しんで死ぬ姿を家族に見せたくなかったのよ」

元産婦人科医で、彼女は経済的な余裕があった。母国で家族に別れを告げ、最期は夫と2人きりになることを選んだ。家族のサポートは期待せず、「お金で死を買った」ことに後悔はなかった。彼女の夫は、後に「だいたい1万2000ユーロ(約160万円)の費用がかかった。そこまで高いお金ではなかった」と話していた。金額的にも、プライシック代表の説明と誤差はなかった。

68歳で末期の膵臓がんだったスウェーデン人のヨーレル・ブンヌ(右)は、取材から16時間後、医師の助けを得て絶命した。(撮影=宮下洋一)

安楽死を巡る状況について述べてきたが、どうしても強調しておきたいことがある。それは、私が安楽死を勧めているわけでは決してないということだ。

2年にわたって安楽死現場を取材して得た私の考えは、「日本人には安楽死は、向いていない」というものだ。欧米では、人は最期の瞬間まで自らコントロールしたいと願う。こうした「死の自己決定権」について数十年も議論してきた先に、安楽死の法制化がある。しかし、日本では、人の「生死」まで、集団性をまとう。たとえば、家族の「迷惑」になりたくないという理由で、死を願う高齢者がいる。こうした現状については、別稿で詳しく述べたい。

費用とは別のハードルは「語学力」

なお日本人がスイスで安楽死を行うためには、費用とは別のハードルがある。「語学力」だ。

団体側は、申請者が死期を早めたい理由を慎重に診断する。具体的には、患者が耐えがたい痛みを抱えているか、その痛みは永続的なものか、などである。失恋や望まない形での退職といった一時の精神状態では安楽死は認められない。

また、死期を早めたい理由について、本人が英語もしくはドイツ語で説明できなくてはいけない。経済的余裕があっても、語学力がなければ、「安楽死」を選ぶことはできない。これも一つの現実である。

宮下洋一(みやした・よういち)
ジャーナリスト
1976年、長野県生まれ。18歳で単身アメリカに渡り、ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。フランス語、スペイン語、英語、ポルトガル語、カタラン語を話す。フランスやスペインを拠点としながら世界各地を取材。主な著書に、小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。
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