引き続き難民問題が最大の火種に

以上のような欧州における政治リスクの根本には、2015年半ば以降の大規模な難民流入がある。受け入れ準備が不十分な状態で難民が急増したため、財政負担が想定以上に膨らんだだけでなく、文化圏の違う人々との共存を余儀なくされた国民の不安が高まった。その結果、難民の流入を制御できない既存政権への不信感が高まり、ポピュリズム政党の台頭を招くなど、政治情勢が不安定化している。イタリアで色濃く表れているように、不安定な政権の下では、将来の経済成長に不可欠な改革が進まないなど、政治と経済を巡る負のスパイラルが醸成されやすい。

2015年の状況を振り返ってみると、中東や北アフリカ情勢が悪化するなか、メルケル首相が難民受け入れに寛容な姿勢を示したことで、シリアやアフガニスタンなどから多くの難民がドイツを目指しEU圏内に流入した(図表3)。当初は、人道的な側面から難民受け入れを歓迎する向きもあった。だが、想定をはるかに上回るペースで流入が続き、15年にEUへ流入した難民は126万人にも上った。受け入れに係る財政負担も急増し、欧州委員会は15年~16年の難民関連予算を当初の17億ユーロから92億ユーロに拡大した。また、同時期にイスラム系テロ組織によるテロが欧州各国で相次いだため、難民受け入れは治安悪化につながるといったイメージが広まり、反移民政党への支持が拡大した。

特に中東欧諸国は、西欧に比べ所得水準が低く、難民受け入れ負担が相対的に大きい。加えて、歴史的に移民を受け入れてきた経験に乏しいといった背景から、反移民政党へ大きな支持が集まり、急速に右傾化が進んでいる。

一方、EUは難民の無秩序な流入を抑制するため、受け入れ負担を加盟国間で公平に割り振ることを前提に、難民対応策の整備を進めている。もっとも、各国世論を考慮せず、経済規模などに応じて割り振りを決定するEUの方針には、中東欧諸国が強く反発しており、EUとの確執が深まっている。こうした動きはEU統合への遠心力の一因となっており、難民政策はもとより、EU改革を巡る重要な議論の停滞を招きかねない。

EUへの難民の新規流入は、2016年秋以降、大きく減少している。ただし、足元にかけての減少は、中東・北アフリカ情勢の落ち着きによるものではなく、トルコを経由した難民の流入抑制に関するEUとトルコの合意による効果が大きい。実際、トルコを経由しない難民への対応は遅れており、イタリアなどでは依然として難民の流入が高水準で続いている(前掲図表3)。加えて、近年、トルコのエルドアン大統領が独裁色を強めるなか、EUとの関係が悪化している。EUとトルコとの合意が崩れれば、再び欧州へ大量の難民が流入するリスクがある。中東・北アフリカ情勢の改善が短期的に望めないことから、難民流入が止まらず、帰国させる目途も立たない状況が続くとみられ、先行きも難民問題が欧州の火種となる見通しである。

2018年も、欧州では政治リスクへの警戒が怠れない。政治リスクの高まりがEUの統合深化に向けた動きへの足枷となるだけでなく、足元で力強さが増している欧州景気の足を引っ張る可能性に注意が必要であろう。

橘高史尚(きったか・ふみなお)
日本総合研究所調査部研究員。1991年生まれ。2014年3月 神戸大学経済学部卒業。同年4月三井住友銀行入行。2016年4月日本総合研究所調査部マクロ経済研究センターに所属、現在に至る。研究・専門分野は内外マクロ経済分析。注力テーマは欧州経済。
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