終戦後、仲見世は闇市になった。浅草寺境内には露店が並び、そこからショバ代をとっていた顔役が逮捕されたりした。この後、浅草は長い低迷期に入る。1950年には、観音堂の目の前に場外馬券売り場も作られた。そもそもは信徒休憩所として計画されたのだが、資金難で馬券場として貸し出すしかなかったのである。

こうして、浅草自体が東京一の繁華街としての地位を失うことになる。そしてその間、浅草は観光地としての主要アトラクションを次々と手放していった。具体的にはオペラ・演劇・映画などの劇場を中心とした文化であり、洋風文化の発信地としてのアイデンティティの中心にあったものだ。

浅草の代名詞である「雷門」(著者撮影)

洋風文化の喪失が現在の人気を生んだ

だが、この洋風文化の喪失が浅草復活の鍵になる。洋風を失ったことで、浅草は、江戸東京の下町としてのイメージを年々強めていった。そして近年は、特に外国人観光客が都心で手軽に和風を体験できる場所として人気を高めることに成功したのである。

仲見世は常に浅草の趨勢の半歩先をゆく。江戸が終わると銀座を模した洋風のレンガ造りで再開発され、震災後はいち早く和風回帰した。この長い歴史の中で、仲見世の家賃の浮き沈みは、その後の浅草の景気の前兆となってきた。

今回の値上げの直接の原因は、仲見世の所有者の変更だ。再三の要望に応じて、東京都が浅草寺に所有権を返還したため、それにともなって固定資産税を支払う必要が出てきたのだ。家賃の値上げは店子にとっては死活問題であり、16倍という値上げの妥当性を論じる準備はない。だが、歴史に照らして大局的に見れば、浅草が再びにぎわいを取り戻しつつある兆候として理解できるように思われる。

岡本亮輔(おかもと・りょうすけ)
北海道大学大学院 准教授。1979年、東京生まれ。筑波大学大学院修了。博士(文学)。専攻は宗教学と観光社会学。著書に『聖地と祈りの宗教社会学』(春風社)、『聖地巡礼―世界遺産からアニメの舞台まで』(中公新書)、『江戸東京の聖地を歩く』(ちくま新書)、『宗教と社会のフロンティア』(共編著、勁草書房)、『聖地巡礼ツーリズム』(共編著、弘文堂)、『東アジア観光学』(共編著、亜紀書房)など。