また、わが国が戦闘地域となった場合や、暴動が頻発するなど極度の政情不安に陥った場合に備える意味でも、国軍とセットになった軍事裁判所の設置は重要である。諸外国では戦争や大規模騒乱、自然災害などで国内の行政と司法が麻痺した場合、政府が戒厳令を布告し、軍の指揮下において臨時に行政と司法を執行して秩序維持と国民の保護を行うのが一般的である。だが、現行の日本国憲法では、憲法76条の規定によってこれが困難であり(最高裁判所の下に権限を限定した軍事法廷を置くことも可能とする説もあるが、最高裁判所が機能停止した状態では難しい)、つまり戒厳令レベルの非常事態には対処する術がない。もし現行法制下においてそのような事態が生じれば、全般的な法秩序の維持だけでなく、自衛隊の隊規維持も困難になるだろう。

朝鮮半島有事で想定される国内リスクに備えよ

ちなみに現憲法下でも、1948年4月に1度だけ戒厳令(非常事態宣言)が発令されたことがある。これは兵庫県と大阪府を中心に共産系・朝鮮系のグループが大規模な騒乱を起こしたもので、阪神教育事件として知られているものだ。この大騒乱のなか兵庫県軍政部は非常事態を宣言し、兵庫県警はすべて米軍憲兵司令官の指揮下に入って、米軍憲兵と共にテロ集団の検挙にあたった。しかし、これは当時のわが国がまだ連合国による軍政下にあったから可能であったことで、現在ではあり得ないことだろう。

今後、朝鮮半島で戦乱が生じた場合、後方撹乱(かくらん)の一環として日本国内で発生する大規模なテロ、武装難民の日本上陸など、極めて危急な治安維持上の問題が生じる可能性が高い。ミサイルよりもむしろこちらのほうが、わが国の一般市民にとって危険度が高く警戒を要するのだが、現憲法下では憲法76条が足かせとなって、現実的な対応ができない状況にある。

改憲というと憲法9条の話題ばかり目を引くが、実は憲法76条の修正こそ、真のゴールラインであると認識すべきだろう。

芦川 淳(あしかわ・じゅん)
1967年生まれ。拓殖大学卒。雑誌編集者を経て、1995年より自衛隊を専門に追う防衛ジャーナリストとして活動。旧防衛庁のPR誌セキュリタリアンの専属ライターを務めたほか、多くの軍事誌や一般誌に記事を執筆。自衛隊をテーマにしたムック本制作にも携わる。部隊訓練など現場に密着した取材スタイルを好み、北は稚内から南は石垣島まで、これまでに訪れた自衛隊施設は200カ所を突破、海外の訓練にも足を伸ばす。著書に『自衛隊と戦争 変わる日本の防衛組織』(宝島社新書)『陸上自衛隊員になる本』(講談社)など。
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