柔軟な人は芯があるのか、ないのか
ラクダの言葉と獅子の言葉は、明らかに違うものです。たとえば、ビジネス書にある成功者の言葉をただ並べたような借り物の言葉や、はやりの横文字を連発するようなものは、ラクダの言葉です。対して、自分の中で吟味をし、常識の手垢を落とした言葉こそ、獅子の言葉です。本人の血肉になった言葉かどうかは、聞く人が聞けばわかるものです。
信念とは、自分を持つことなのですが、しかし、硬直した「信念」にとらわれていては、頑固なわからず屋にしかなれず、これも自分を持っているとはいえません。
「芯がある人」がどんな人かについて考えてみると、意外にも、外が柔らかい人だといえるでしょう。つまり、内骨格を持っていると外側は柔らかい。対して、外骨格では内側がふにゃふにゃしている。つまり、自分がしっかりと内側にある人は、むしろ外面的には柔軟なのです。
見栄えのいい「信念」を必要としているようではダメで、自分が確立されれば、むしろ些末な「信念」は邪魔なもの。借り物の「信念」で外骨格を固めるのではなく、鍛えられた「自分」という内骨格を持ち、柔軟でいる。それが芯のある人であり、他人からも評価されるのです。
(構成=伊藤達也)