本人の主体性を尊重できているのか
「仕事は人に『役割』を与えてくれます。仕事を辞めたあと、それまでの仕事とは違う何らかの『役割』を得られなければ、地域になじむこともできません。移住するとなればなおさらです。また、会社でのつながりとは違って、地域での人間関係は損得勘定抜き。仕事にどっぷり浸かっていた人は、新しい、これまでと種類の違う人間関係をつくらなければいけなくなります」
そう語るのは、一般財団法人「高齢者住宅財団」の前理事長で、介護政策、地域ケア研究の第一人者である髙橋紘士氏だ。
新しいネットワークは本人の主体性なしには築けない。その前提になるのは、どのようなかたちであれ、リタイア後の人生を主体的に選択したかどうかだ。天皇陛下と一般人とでは比ぶべくもないが、本人の意思を確認することなしに移住の話を切り出すことが、少なくとも本人の主体性を尊重していないことは確かだろう。
「よく知られているように陛下は責任感が強く、完璧主義。憲法で『象徴』と規定された自分の立場についても、その趣旨をふまえて考え抜かれたすえに、退位に言及されたはず。年齢とともに高まる認知症のリスクについても恐らく考慮されたでしょう。軽々しく誘致に動いているのだとすれば、そのお考えを理解できていないのでは。また、生活環境の激変は、認知症の引き金になるといわれています。望んでいないのに80歳を過ぎて慣れない土地へ移そうというのは、人道問題になりかねない」(髙橋氏)
同様の「人道問題」は、80歳以上を含む高齢者を220キロ遠方へ移送する杉並区の遠隔地特養にも当てはまると髙橋氏は指摘する。高齢者の自己決定について全国民的な議論がまたれる。
髙橋氏はまた、昨年夏の陛下のお言葉に励まされた人は少なくないのではないかと語る。老いて従前の仕事ができなくなったら、潔く身を引く。そんな身の処し方が美しいとされていても、なかなか実現させることは難しい。しかし、国の象徴として重責を担われてきた陛下が、自分の進むべき道を、自分で決められるうちに、きちんと決めようとされたのだ。各自治体には猛省を促したい。