震災は被災地の人を奈落に突き落とした。水産庁の調査では、水産加工業者のうち、震災前の8割まで売り上げが戻った企業は半数弱にとどまる。そんな中で木の屋石巻水産は、なぜ震災前を上回る業績拡大を果たせたのだろうか。

5年半にわたって同社を見てきた筆者の見解は、被災直後から動き続けたことだ。すべてがうまくいったわけではないが、多様な取り組みの結果、人脈もでき、新たな案件にも結びついた。

「縁」を大切にすると「情報」も入る

たとえば震災翌月の11年4月には、「さばのゆ」の協力で世田谷区下北沢に「木の屋カフェ」を開店した。缶詰を使った料理も楽しめるカフェだ。石巻本社の活動が本格化したため同年内で店を閉じたが、店を切り盛りした従業員は接客サービスをそこで学んだ。そして缶詰を使う料理は、前述の「缶詰ごはん」につながって進化している。

また同時期に隆之氏は、関係者に働きかけて「一般社団法人三陸海岸再生プロジェクト」を設立し、代表理事に就任。被災した漁業関係者の支援ととともに、漁業の未来を切りひらく活動を始めた。一般からの寄付も募り、集まった資金は漁業再生の船舶・機械や設備購入などに活用し、会員や寄付者には三陸の海産物を宅配している。13年には再建した自社工場の生産に注力するため退任したが、一連の活動も人脈につながった。

被災企業に限らず、ビジネス環境の変化で従来の取引先を失い、苦境に陥る企業も多い。だが動き続ける企業には「情報」も入ってくる。それは新たな人脈だったり、新販路の可能性だったり、時には事業支援の補助金だったりする。技術が高くても「待っていては仕事は来ない」時代――。あきらめずに動き、活路を見いだす姿勢が大切なようだ。

高井尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。著書に『カフェと日本人』(講談社)、『「解」は己の中にあり』(同)、『セシルマクビー 感性の方程式』(日本実業出版社)、『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)、『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(プレジデント社)などがある。
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