人間ドックの「腫瘍マーカー検査」では「感度80%でがんの陽性反応が出る」という説明を受ける。もし陽性なら「80%の確率でがん」と考えてしまいがちだが、それは事実ではない。その後、精密検査を受ければ、実際にがんである確率は4%程度で、96%程度は「問題なし」と判定される。どういうことなのか。帝京大学の小島寛之教授に「数学的カラクリ」を聞いた――。

直感と大きく異なる「条件付き確率」の謎

人間ドックのオプションなどで「腫瘍マーカー検査」を勧められることがある。がんにかかると特定の物質が血液中に増えることを利用した検査の一つで、消化器系など多種のがんで検出されるCEA、肺がんの検査に使われるSCCなど、がんの部位や種類によってさまざまなマーカーがあり、健康な人を対象にしたスクリーニング(ふるい分け)検査や、がん治療の効果の判定などに使われている。

それまでがんという診断を受けたことがなかったあなたに、この腫瘍マーカー検査で「陽性」の反応が出たら? 診断の確定にはさらに精密検査が必要と言われても、「かなり高い確率で自分はがんだろう」と、動揺するのではないだろうか。

そう慌てる必要はない、と言うのは、小島寛之・帝京大学教授だ。「この検査で陽性と出た人が実際にがんである確率は、皆さんが直感で考える数字よりはるかに低いはずです。それを明らかにするのが、統計学で使われる『ベイズ推定』と呼ばれる手法です」。

腫瘍マーカーにつきまとう「偽陽性」の問題

ベイズ推定は、18世紀イギリスの数学者トーマス・ベイズの公式に基づき、事前にわかっているある事象の確率(事前確率)に、あとからわかった情報を加味して調整する「条件付き確率」の考え方を発展させたものだ。最近ではネット企業を中心に、顧客の行動分析や迷惑メールのフィルタリングなど、さまざまな分野で応用されている。

では、腫瘍マーカー検査で陽性と判定されたあなたが実際にがんである確率を、ベイズ推定を使って考えてみよう。ポイントは、働き盛りの世代にとってがんが比較的まれな病気であること、そして腫瘍マーカーには「偽陽性」の問題がつきまとうことだ。

まず、この推論の「事前確率」にあたる、検査を受けた人全体のうちのがん罹患者の割合をみてみよう。ある年代の人口のうち、新たにがんにかかる人の割合(罹患率)は、疫学的な調査などでだいたいわかっている。

国立がん研究センターのデータ(国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より)によると、2011年のがん(全部位)の罹患率は、35~39歳の男女で1万人あたり11.00人。45~49歳男女では31.57人。ここでは計算を簡単にするため、1万人が検査を受け、うち50人(0.5%)がある特定のがんにかかっていると仮定する。