わが身を守る、情報モラルの「超」基本
私は「広報」のプロフェッショナルです。広報とは、「広く報(しら)せる」の文字通り、「新製品が出ます」「新しい取り組みを始めました」「こんな事業を行っています」といった情報を社内外に広め、「選んでいただく」=「ブランドを高める」ための仕事です。
広めるべき情報を峻別し、「攻め」と「守り」のバランスをとりながら「真意を伝えるコミュニケーション」が求められる仕事です。私はこの仕事をとおして、「広めるべき情報」と「出さない情報」を区別する癖をつけてきました。
ネットでは誰でも気軽に情報を発信することができます。「投稿」だけではなく、「シェア」や「リツイート」という形で、その情報の拡散を手助けすることもできます。しかし、その結果が「デマ」や「偽ニュース」を広めることになれば、拡散を手助けした人の責任も問われかねません。
昨年は、英国のEU離脱やアメリカのトランプ大統領の誕生など“衝撃的” なニュースが相次ぎましたが、それにあわせて多くの「偽ニュース」が発生しました。
また日本でも、「キュレーションメディア(まとめサイト)」における記事の盗用や著作権侵害が注目を集めました。振り返れば、2011年の東日本大震災でも、たくさんのデマが拡散してしまったことが思い出されます。
量、質、ともに大量の情報が氾濫する時代だからこそ、間違いや信憑性のない情報を無自覚に拡散してしまうことは避けたい。目新しい情報やうわさ、耳打ちされた話などを広めるときは、最低限、正しい情報なのか、拡散すべきものなのかを、いったん立ち止まって確認することを習慣づけたいものです。