6月までの新人研修が終わり、7月に営業部ダイレクトマーケティング課に配属された。コールセンターで、数十名のパート社員に交じって電話注文を受ける。中元の繁忙期に休むのは、気が引ける。ふくやは「山笠に出る人を応援します」という方針を打ち出してはいるものの、実際に現場で上司や同僚の同意をとりつけるのは、山笠に出る社員それぞれの働きにかかっている。

山笠と仕事の両立に挑む本田祥久(撮影・比田勝大直)

だが本田には、実績がない。

「パート社員のモチベーションをあげるために、1時間に何件の電話をとったかを競う社内キャンペーンが行われています。僕は2日目に1位をとりました。その後もずっとトップ3に入っています。山笠の間でも出社時はがんばっていることを示そうと思いました」

山笠期間中の本田の出勤状況は、こうだ。

7月9日は、夕方から箱崎の海岸まで走る「お汐井(しおい)とり」のため、午後半休を取得。10日は町内を走る「流舁(が)き」のため、午前半休。11日は早朝に走る「朝山」のため、午前半休。12日の「櫛田入り」以降、15日の「追い山」までの3日間は有給を取得(15日は土曜休)。

11日の「朝山」の日は、午前1時半に朝山の準備開始。朝5時、舁き出し。6時から直会(なおらい)。後片づけののち、仮眠をとって午後出社し、コールセンターの稼動中は電話をとり、その後ファクスやはがきの注文など、21時までデスクワーク。

休みをとる前日の退勤時、ご迷惑をおかけします、よろしくお願いしますと、同僚のパート社員に挨拶した。

「がんばってねと言ってもらえました」

本田は少しホッとした顔をした。

「去年までは山笠のために時間を調整できたのに、今年は仕事も山笠も両方しないといけない。まだ仕事の要領がわからないので、あれもこれもしないといけないと思うと、時間も気持ちも余裕がない、それがキツいです」

赤手拭の先輩には会社員もいる。「今年1年、仕事の忙しさを見ておいてバランスのとり方を覚えろ」とアドバイスされた。

間接話法でトップがスカウト

ふくやは今年10月に創業70年を迎える。

歓楽街・中洲の中洲大通りに建つ本社ビルは、1階に店舗を構える。歓楽街の店らしく、朝8時から深夜24時まで営業している。華やかに着飾ったホステスが来店客への手みやげを買いに立ち寄る姿は、中洲らしい風景だ。

この2軒隣のビルに「中洲市場」という年季の入った看板が掲げられている。終戦後の1948(昭和23)年、焼き尽くされた中洲の復興のため、福岡市が開設した公設市場の名残だ。ここがふくやの創業の地である。そして、中洲流が立ち上がったのは、ふくや創業の翌年だ。