共鳴するのは「マクドナルド兄弟」

個人的にとても懐かしかったのは、映画の冒頭部分で「ルート66」が出てきたことです。アメリカのシカゴとサンタモニカを結ぶ幹線道路ですが、私は小学生時代にテレビで放映されたアメリカ映画『ルート66』を観て育ちました。また、同時期にコメディータッチのホームドラマ『パパは何でも知っている』も観ていました。家庭に自家用車が当たり前にあり、家庭料理も豪華で冷蔵庫も大きい――。当時のアメリカは豊かな生活の象徴でした。

新店舗の開業日に押し寄せる人々。(C)2016 SPEEDEE DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

後にNHKに入ってアメリカに出張した時も感じましたね。「こんな国と戦争をやっても勝てるはずはなかったな」と。映画を観て、そうした時代性もよみがえってきました。

最初に本を読んだ当時30代の私が、レイ・クロックに持った印象は、「こんなことまでして金儲けをするのか」でした。でも今回の映画では、「この人のおかげで、現在の私たちの外食生活もあるのだな」と考え直しました。そして「こういう人がいるからアメリカの資本主義は発達するのだな」とも……。個人的には知り合いになりたくない人ですが(笑)。

さらにいえば、仕事のない人たちに雇用を生み出した一面もあります。映画でも「ユダヤ人なのに聖書を売っているのか」というシーンが出てきます。金を持っている社交クラブの知人ではなく、切羽詰まっている夫婦に店を切り盛りさせて、店のスタッフなど多くの人の雇用市場を創ったのも彼の功績でしょう。それぞれの人の問題意識によって、「そうか、ビジネスを成功させるためにはこうするのか」を気づかせてくれる映画です。

私自身は54歳でフリーになりましたが、事業をシステム化させて拡大させることなど考えたことはなく、「ニュースをわかりやすく解説」することでほそぼそと生きていこうと思いました。その意味では、店舗の急拡大に反対して、目の届く範囲で店を深掘りしようとしたマクドナルド兄弟に共鳴しています。

人気女子アナは「私はちょっと……」

レイ・クロックは事業家として画期的な成功を収めましたが、ひとりの男性としては、苦しい時代から支えてくれた “糟糠(そうこう)の妻”を捨てて、“トロフィーワイフ”(勝者の証しとして獲得する妻)と結婚した一面もあります。テレビの情報番組で共演し、トークショーでも一緒になった、テレビ東京の相内優香アナウンサーは、そこに抵抗感を持ったようです。

私より一足先に映画を観たので、「どうでした?」と聞いたら、「いや、すごい人なんでしょうけど、私はちょっと……」と(笑)。

いろんな意見が分かれるのもこの映画の特徴でしょう。やはり私は、マクドナルド兄弟にシンパシーを感じますけどね。

池上彰 (いけがみ・あきら)東京工業大学特命教授
1950年、長野県松本市生まれ。1973年慶應義塾大学経済学部卒業後、NHK入局。報道記者や番組キャスターを経て、1994年から11年にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年にフリージャーナリストとなり、“今さら聞けないニュースの本質”をテレビ、新聞、出版などで解説して幅広い人気を得る。『伝える力』『知らないと恥をかく世界の大問題』『世界を変えた10人の女性』ほか著書多数。2013年、伊丹十三賞受賞。
(構成=高井尚之 経済ジャーナリスト)
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