日本が誇る「素晴らしいサービス」の当然視こそ、働き方改革のボトルネック

こういう同質社会における他者への期待値は、そのまま他者から本人への期待に跳ね返る。他人に「俺に滅私奉公的な良いサービスをするのが当たり前」と期待するのは、すなわちそれだけのサービスや価値を自分もまた提供することに同意署名しているわけで、それゆえの自縄自縛的な過重労働社会が一丁あがりなわけだ。冒頭の、フライト中に和食がなくて怒り出した年配のサラリーマンは、ひょっとしたら過労で疲れ果てて、「俺がこんなに疲れてすり減っているのに、CAが俺を軽んじてバカにしていやがる!」みたいな被害妄想もあったのかもしれない。まったく、滅私奉公なんてするもんじゃない。

日本人は自分たちの価値や命をこれ以上安くしないためにも、サービスとは本来高くつくべきものであることを知り、まず他人が自分にしてくれるサービスには、きちんと適正な価格を払うことから始めよう。「そんなものに払う金はない」と言う人は、「自分はサービスなしの環境でいい」と受容したのと同じこと。そう了承してもらった上、それなりのバランスの中で生きることになる。日本人が一律に「良いサービス」を受けるのが当たり前だった幻想的(均質で過重労働を存在前提とした)平等社会はいずれ崩壊する。自分たちで自分たちの人生を守るためのサービス格差社会・サービス階層社会の到来だ。

以前、プレジデントオンラインで中川淳一郎さんが「サービス過剰な日本人は『中国人店員の働き方』を基準にせよ」とおっしゃっていた(http://president.jp/articles/-/21808)。日本人の道徳観にたたき込まれたサービス精神に、資本主義原理がようやく入ってきつつあると言えそうだ。私としては、今後の日本人が「サービスを捨てて世界(低)基準に歩調を合わせる」のはサバイバルとしてはおすすめしない。国内ではサービス格差を許しつつ、対外的には自分たちの強みである「プレミアムサービス」でサービス立国化するほうが合理的なはず。今後大切なのは、サービスの「ハレ」と「ケ」である。「ハレ」のサービスにはたっぷりお金を払っていただく。ここまできたらサービスを芸にして、日本全体が「お客さんをええ気持ちにさせたげますけど、そのぶん高うつきますえ?」と京都化してしまえ、ということだ。

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