もちろん、可能性は完全には排除できず、たとえば米国の金融引き締めで大幅な円安が進めば、2%目標が達成される可能性もある。また、ナローパスだが、長時間労働是正により労働需給は一段とひっ迫すれば、まずは賃金上昇ペースが加速し、企業が人件費増を価格に転嫁することで、物価上昇ペースが高まる可能性はある。

ただし、今景気拡大サイクルは長期化しており、次期総裁の任期である2023年まで景気回復が続くとは想定しがたく、いずれは景気の減速でインフレ率が低下するリスクの方が大きいのではないか。

Q10:異次元緩和からの出口では何が起きるのか?

2%インフレ目標が達成され、日銀が緩和からの出口政策に向かえば、日銀が債務超過に陥る可能性があり、日銀は出口政策のシナリオを示すべき、との声が挙がっている。

インフレ率が2%に近づけば、日銀は長短金利の引き上げに向かうと見られるが、その際、(1)現在の米国のように、低金利でもインフレは加速せず、2%前後のインフレと低金利状況が継続する可能性がある。(2)長期金利に上昇圧力が掛かるようであれば、YCCの下で長期国債の購入を増額すればよい。

問題とされているのが、(3)インフレ率が2%を超えて加速した場合で、これまでのアグレッシブな国債購入の裏側で、日銀のバランスシートの負債側には金融機関の当座預金が積み上がっているため、短期金利を大きく引き上げると、日銀の金融機関に対する利払い費が膨張、資産側からの利息・配当収入を上回り、日銀の損益は赤字か、赤字が累積すればいずれは資本不足=債務超過に陥る可能性がある。

しかし、黒田日銀がアグレッシブな資産購入を開始した段階で、利上げ局面で日銀が債務超過に陥る可能性があることは、既にわかっていた話である。本来であれば、政府・日銀がアコードを結びインフレ目標を引き上げ、アグレッシブな政策を採用する段階で、日銀の自己資本も強化すべきであった。

後になって、債務超過になる、大変だ、と大騒ぎし、いたずらに危機を煽るのではなく、日銀が債務超過になった場合、それを補う手立てがあるのか(政府・財務省による資本注入)、またそのことが日銀の政策運営上、どのような問題を引き起こす可能性があるのか(日銀の独立性の問題、通貨の信認への影響など)、そうした問題が生じる可能性が果たしてどれくらい高いのかについて、建設的に議論をする必要があるだろう。次期総裁には、金融政策の舵取りだけでなく、政府・財務省との密な連携も求められる。

渡邊 誠
三井住友アセットマネジメント シニアエコノミスト
1974年、東京都生まれ。一橋大学大学院 国際企業戦略研究科修士課程修了。98年慶応義塾大学経済学部卒業後、第一生命保険入社。第一生命経済研究所経済調査部、ドイツトレーニー、ロンドン駐在などを経て、2012年1月BNPパリバ証券入社、経済調査部シニアエコノミストとして勤務。16年2月より現職。エコノミスト便り(http://www.smam-jp.com/market/economist/
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