二段に昇段して1局目の対局は118手で敗北

先手と後手を決める振り駒が終わると、場が緊張感に包まれる。誰も身じろぎもせず、無言で将棋盤を見つめている。

「始めてください」

藤原七段が合図をすると、対局室の少年少女たちが一斉に「お願いします」と挨拶をし、対局を始める。「パチ……パチ……」、広い対局室に将棋の駒音だけが鳴り響く。

聡太も前傾姿勢になり、対局前の少年の表情とは別人のような顔つきになる。口は真一文字に結ばれ、力のこもった鋭い目つきで盤を見下ろす。相手は5歳年上だ。

対局は聡太が先手。相手は勢いに乗っている聡太を意識してか、神経質そうに扇を閉じたり、開いたりを繰り返す。聡太は上目づかいで、時折相手の顔をじっと見つめる。

両者とも初手から慣れたしなやかな手つきで、駒を盤面に打ち下ろしていった。聡太の手が5手目で止まり、しばらくそのままになった。

「相手がどんな戦法を使ってくるか、じっくり考えたかった」

聡太は長考の理由をそう語った。この日の第1局は、互いに矢倉戦法というプロでもよく指される戦い方に駒を組んだ。1手出遅れた聡太が、先に陣を攻められ、昇段して1局目の対局は、惜しくも118手で敗北。負けた後は、言葉少なに盤面に駒を並べ直し、互いに良かった手、悪かった手を批評する。聡太は曇った表情で自分の手を振り返り、何度も首をかしげていた。一方、相手は安堵(あんど)の表情を浮かべている。

▼「(聡太は)理由もなくリビングの梁に向かってジャンプしています」(母)

午後の対局では、本人が「苦手でどう指していいか難しい」と語る三間飛車を指しこなし勝利を収めた。

帰りの電車に乗ると、聡太の表情がほころび、母や記者たちと雑談をするようになった。対局中の険しい表情を忘れさせる穏やかな顔つきである。

「昔から数字を覚えるのが好きで、自宅から大阪までの鉄道ダイヤも覚えてしまいました。この駅からだと、あと13分で乗り換えです」

聡太の口調は一見、非常に大人びている。しかし、裕子から見るとまだまだ子供のようだ。

「構ってほしいのか、家事をしているとそばに寄ってきて、話しかけてほしそうにしている(笑)。最近は背が伸びてきたのが嬉しいのか、理由もなくリビングの梁(はり)に向かってジャンプしたりしています」

*大阪の奨励会での“修行”を終え母・裕子と新幹線で家路につく。にこやかな表情が印象的。「私が将棋を知らないので対局の内容は勝敗くらいしか聞きません。実は関西将棋会館に親子で行くのは、今日が最後。次回からは聡太一人。ちょっとさみしい」と裕子。岡村智明=撮影