それにしても、医師や看護師の不足が指摘されている昨今、本来は猫の手も借りたいくらい忙しいはず。いろいろな工夫が行われているとはいえ、言葉一つのやりとりにしても日本人患者より何倍も手間のかかるロシア人患者の受け入れは、はたしてスムーズに進んできたのか。

函館新都市病院の青野允病院長は、「当初は全員が反対だった。しかし、受け入れてから半年後に『何か失ったものはあるか』と尋ねると、『何もありません。むしろロシア人患者から喜ばれることで得たもののほうが大きい』との答えが返ってきた。現場のモチベーションが上がった意味は大きい」という。

また、そもそもの受け入れの背景について横浜市東部病院の熊谷雅美副院長は、「極東ロシアは日本と比べて医療がとても遅れ、よりよい医療を求めている人が大勢いると聞き、受け入れを決めた。それと、自分たちの医療が世界で通用することがわかって自信がついた」と話す。

一部に、医療ツーリズムの受け入れで日本人患者の治療がないがしろにされ、地域医療の崩壊を招くのではないかと懸念する向きがある。しかし前出の亀田理事長は、「外国人患者を受け入れることで高度医療の体制を維持・発展させることができる。むしろ、そうした病院でなければ、若手の優秀な医師は集まらず、病院経営が立ちゆかなくなっていく」と反論する。

海外における邦人の医療支援サービスを行い、各地の医療事情にも詳しい日本エマージェンシーアシスタンスの吉田一正社長は「日本での治療を望む患者は多い」という。たとえば、米国人は胃がんの罹患率が低く、この分野での医療技術は日本のほうが高い。それで有明病院にはいまでも治療を望む米国人患者が訪れているのだ。

国境を越えて、求められる医療を提供するのが医療ツーリズム。その実現に向けた取り組みは緒についたばかり。目先の利益にとらわれることなく、国際的に認められる外国人患者の受け入れ態勢の整備を、官民挙げて地道に進めていくことが強く求められる。

※すべて雑誌掲載当時

(坂井 和、本田 匡=撮影)