医療ツーリズムには「医療」と「観光」という本来異なる領域を結びつけた目新しさがあり、各方面から強い関心と期待が集まっている。そして、徳島や長崎の関係者には問い合わせが殺到し、そのなかには地方の運送会社からの電話もあったという。もしかして、彼らの頭のなかには銀座の百貨店や秋葉原の家電量販店に群がる中国人観光客の“爆買い”シーンが思い浮かんでいたのかもしれない。

前出の亀田理事長は「本来、医療ツーリズムでそう利益が出るわけではない。むしろ医療サービスの裾野が広がることで得る効果に目を向けるべきだ」と苦言を呈する。観光と医療をごちゃまぜにしたまま急成長分野であるかのように煽り、医療ツーリズムという言葉を一人歩きさせているメディアの責任も大きい。

また、多くの関係者が医療ツーリズムのターゲットとして「中国富裕層」を安易に挙げていることも疑問である。

実は関係者の多くが認識している最大の課題が、どうやって中国で参加者を集めるのか。効果的な集客とプロモーションのノウハウの欠如――。これこそ、「中国富裕層」を対象にした医療ツーリズムの盲点だ。大手旅行会社と提携して医療ツーリズムに乗り出したある病院関係者は「期待したような集客ができずに落胆した」と失望の表情を隠さない。

中国では日本など大半の外資系旅行会社が中国人の海外旅行を直接集客することが認可されていない。それに医療行為を目的とした海外旅行、つまり医療ツーリズムを謳ったパンフレットなどでの一般募集もできない。ノウハウも実績もない現地旅行会社といくら提携し募集しても、集客は望めないのだ。期待が持てるとしたら、日本旅行や長崎市のような富裕層を会員組織に持つ現地の旅行会社や医療関係者との提携や協力によるものだ。

その日本旅行の提携先である北京優翔国際旅行社の周凱文総経理は「中国富裕層の集客は弊社の営業マンが個別に会員の自宅やオフィスを訪ねてツアー参加を呼びかける。彼らは価格でツアーを選ぶようなことはない。送客数を増やすより、ツアーの品質の保持が重要だ」と語る。別な現地の旅行関係者は、「尖閣諸島問題が深刻になった10月以降、日本への医療ツーリズムの予約が入らなくなった」と表情を曇らせる。政治的なリスクがつきまとうことも、常に念頭に置いておく必要がある。

また、医療ツーリズム先進国のタイの各病院の集客方法を見ると、日本の現状と比べて隔世の感がある。バンコク病院でマーケティングを担当する田中耕太郎マネジャーは、「私のような外国人のマーケティング担当者が20名ほどいて、中近東、アフリカなどの現地で患者のリクルート活動を行っている。医療博があれば、医師が赴いて診察を行い、その場で治療費の見積もりも提示する」という。

また、10年10月1日、北京郊外にある国際医療センター「燕達国際健康城」の110万平方メートルという巨大な建設予定地に建てられた一部の施設が開業した。数多くの外国人医師を擁し、手厚い介護が売りの高級養老院では日本人も含めた国内外の富裕層の集客を始めているという。集客を期待していた中国の病院に自国の患者を奪われてしまう。まさしくミイラ取りがミイラになるような事態が起きないとも限らないのだ。

※すべて雑誌掲載当時

(徳島県=写真提供)