手を動かすと舌も滑らかに

いくつかオチを考え、さらに前のめりになって台本を書いていると、「そのくらいで、ちょっと実演してみましょう」と杉本氏。

まだ完成には程遠い。「えっ?」と思わず背筋を伸ばした。締めくくりのオチすらまだ決まっていない。

「見切り発車くらいでいいんですよ。演っているうちに、新たな発想や改善点が見えてきますから」(同)

シャベリに自信がないから台本だけは完璧に、とシロウトはつい考えてしまうのだが、杉本氏の言葉をきいて溜飲が下がる思いがした。

というのも、かつて編集者にえらく細かいプロット(あらすじ)を要求されたことがあった。完璧じゃないと書き出せない。結局、「だったらオマエが書けよ!」と決裂した。

ったく、建築物じゃあるまいし。物語も漫才も、台本の作りは見切り発車でいいのだ。あの編集者は、漫才研修を受けるべきだ。江戸の仇を長崎で討った気分である。

何度か実演して、2人でまた机に向かって台本を書き換える。これを繰り返すと、どんどん出来がよくなってゆく(自画自賛)。最後のオチは机上ではなく、立ち練習の最中に思い浮かんだものだ。

そんな塩梅で、漫才「売れる本のタイトル」の台本が出来上がった。

私は相方と握手をした。原稿でも何でも、無から有が生まれる感慨は格別だ。杉本さん、上條さんありがとう。時計は夕方5時過ぎ、いい時間だ。しゃべりすぎて喉が渇いた。どこかでビールでも、と浮かれていたら、大事なことを忘れていた。

VTR撮り――これが残っていた。

通しで練習をする。互いの呼吸や客への身振り手振りなどに留意する。両手の動きで驚きや納得を表現する。

手を動かすと、舌も滑らかになる。数時間前、ほぼ前川清状態(直立不動)だった私とはまるで別人である。

何度か演るうちに、アドリブも飛び出す。余裕である。