不動産専門誌からお菓子を開発

では、専門誌のたった一つのタイトルからヒントを見出した富裕層の例を挙げてみよう。Aさんは、ある日の不動産専門誌のサンヤツ広告に掲載されていた「独身OLの独身OLによる独身OLのためのマンション経営」という特集タイトルが気になり、アマゾンからその本を取り寄せてみた。曰く「独身OLの悩みなどが反映された、独身OLのみを販売対象にした、元独身OLの女性経営者が作っているマンションが売れ始めている」という。

Aさんは「供給者の論理でなく、購入者ニーズに基づいた、購入者自身が企画に携わったモノが売れている」と予測、自身が経営するお菓子会社の商品開発部門に早速指示を出す。世の中のニーズは何なのか? ではなく、ある特定のターゲットのニーズは何なのか? という視点からある新商品を開発。そしてそのターゲットのみにフォーカスしたプロモーションを行い大成功した。

Aさんはサンヤツ広告で見つけた専門誌の特集タイトルから、事業上の成功はもちろんのこと、重要な教訓も得たという。それは、「ターゲットを決めれば開発コストも宣伝コストも低減できる」という、今ではAさんが信奉する単純な経営論だ。

ベタ記事にこそ奥深い話がある

「無駄がない情報」が手に入るのは、「サンムツ」や「サンヤツ」だけではない。広告の世界から編集の世界に目を移してみると、いわゆる「ベタ記事」というものがある。「本格的な特集の構成要素にはないにくいが、さりとてほってはおけないネタ」と解釈でき、そのほとんどは小さいスペースで記事化され、一般的には目立たない。

ところが、だ。実はこのベタ記事も富裕層が好む情報のカテゴリーに入る。前述のサンムツやサンヤツとよばれる広告スペース同様、「ある種の規則性(=カテゴリーや短い連載テーマなど)」に基づいて、短時間で情報収集できるからだ。そして、富裕層の間では「奥深い話は、意外とそんな小さなところにあるもんだよね」と言われるわけだ。長い特集記事は、官房長官が読んで報告してくれるから、時間をかけて読む必要はないのだ。

単純な情報から得る仕事のヒント

では、ビジネスマンは、この富裕層の時間軸と情報受容軸の傾向をどのように参考にしたらいいだろうか。

実は広告や編集を例にして述べてきた富裕層特性は、「情報の取捨選択」の問題に他ならず、すべてのビジネスマンが常に意識しなければならないはずのことである。しかしながら、あまりの情報過多の中、なるべく多くの情報を知っていた方が良い、という強迫観念を感じながら日々仕事をしているビジネスマンも少なくないと思われる。

重要なことは「情報の量」でなく「インテリジェンス(知性)につながる情報の収集」のはずだ。インテリジェンスとはここでは、ある単純な情報から自分の形(上記の例では、「特定ターゲットに向けた商品開発」)に落とし込んでみること、と言ってよいだろう。富裕層特性同様、サンムツやサンヤツ、ベタ記事に注目してみることから始める手もあるし、自分の趣味につながる専門誌の購読などから始める手もあるはずだ。インテリジェンスを磨き上げていくために。

増渕達也
ルート・アンド・パートナーズ代表取締役。 1992年東京大学卒業後株式会社電通入社、2002年富裕層向け雑誌の草分けであるセブンシーズを発行する株式会社セブンシーズ・アンド・カンパニー代表取締役に就任。2006年富裕層向けライフスタイルマネジメントサービスを手掛ける株式会社ルート・アンド・パートナーズ(http://www.rpartners.jp)設立、現在に至る。2013年にはシンガポールに進出。日本、アジアを中心に富裕層ビジネスを手掛け、富裕層マーケティングに関する造詣が深い。HighNetWorth Magazine編集長、富裕層マーケティング研究会も主宰。
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