「情報の共有化」で仏独伊に研修へ

<strong>岩田弘三</strong> いわた・こうぞう●1940年、兵庫県生まれ。兵庫県立東神戸高校中退。65年神戸市に西洋料理店「レストランフック」を開業。72年ロック・フィールドを設立、社長に就任。2000年に東証・大証一部上場を果たした。同社の年間売上高は457億円(09年度)、店舗数は302(10年5月1日現在)。
ロック・フィールド社長 岩田弘三 いわた・こうぞう●1940年、兵庫県生まれ。兵庫県立東神戸高校中退。65年神戸市に西洋料理店「レストランフック」を開業。72年ロック・フィールドを設立、社長に就任。2000年に東証・大証一部上場を果たした。同社の年間売上高は457億円(09年度)、店舗数は302(10年5月1日現在)。

1982年1月、ミラノのホテルで、社員たちと夜遅くまで盛り上がった。テーブルの上には、著名な高級食料品店から買ってきた総菜が並ぶ。写真を撮り、試食しては、ああでもない、こうでもないと議論が続く。その前に訪ねたパリでも、ミュンヘンでも、同じことを重ねた。

それまで、何度も一人でやってきて、いろいろと撮影し、帰国後に社内で話して聞かせてきた。ほとんどの社員たちには、初めての訪欧だ。仏独伊のデリカテッセン店や高級レストラン、市場を回り、「食」を通じて欧州の人々の生活の豊かさを実感させる。初の海外研修だった。

神戸でデリカテッセンの1号店を出して、約10年がたっていた。首都圏進出も成功し、売上高は順調に伸びていた。でも、社内に、躍動感が足りない。欧米の動向からヒントをつかむのも、日本でどんな商品にするのかも、すべて社長任せ。それは、何もかもが伝聞であり、当事者意識を持つことが難しいためではないか。そう思って、海外研修に踏み切る。いまで言う「情報の共有化」への大きな一歩。41歳、まだ売上高25億円前後の新興企業としては、賭けのような決断だった。

2年目は、2班に分けて視察させた。でも、目的地は、変えない。毎年、同じところを訪ねてこそ、変化の兆しに気づくことができる。定点観測だ。4年目に加えた米国でも同じ。ニューヨークやダラス、ロサンゼルスを、繰り返し回った。

情報の共有化と言えば、辛い経験がある。88年2月、神戸工場が、警察に水質汚濁防止法違反で摘発された。基準を上回る汚水を、神戸港の運河に流出させていた。実は、前年末に、似たことがあった。歳暮用品を大量につくり、廃水が通常よりはるかに多く出た。自社の装置で処理しきれず、誤って流し出してしまった。その経緯やことの重大性を、社内に十分に知らせていなかったゆえの再発か。社会的な信用を失い、上場計画も白紙還元された。ダメージは大きく、47歳で、一番苦しい時期を迎える。

いま、会社では、摘発を受けた2月17日を「メモリアルデー」と呼ぶ。いい格好をするのも、知った風なことを言うのも、大嫌い。定点観測のように、すべて「事実」を大事にする。だから、何かめでたいことがあった日ではなく、屈辱的な日を記念日にした。

「去智而有明、去賢而有功、去勇而有彊」(智を去りて明あり、賢を去りて功あり、勇を去りて彊あり)――こざかしい知識など捨てたほうが世の中のことがわかり、利口ぶったことはやめたほうが実績も上がり、匹夫の勇など捨ててこそ大事にあたって真の勇気が生まれる。中国の古典『韓非子』にある教えで、岩田流の「事実優先」はこれに重なる。

汚水事件から3年。91年に1年間、酒を断つ。酒は好きだ。社内外の人たちとのコミュニケーションにも、役に立つ。でも、断酒した。当時、首都圏で総菜を大展開するためのカギとなる静岡工場を建設中。3月には、ようやく大阪証券取引所二部へ株式を上場する予定だった。

大事な時期を迎え、考えた。どちらも、必ず成功させねばならない。どうすればいいのか。無論、それは「去智、去賢、去勇」でなければならない。「何か辛い目標を設けて、自らにプレッシャーをかけ続ける。それを貫くことで、強い意志を維持しよう」と決めた。

この年、外債発行のためにスイスへ赴く。帰途に立ち寄ったパリで、証券会社の幹部らを三つ星レストランでねぎらった。みんなは極上のシャンパンで乾杯したが、ジュースで我慢する。断酒には、社員に「社長は本気だ」と思わせる狙いも込めていた。

山は、越えることができた。思えば、自分は強運だ。ただ、すべてがうまくいった訳ではなく、成功率は2割にも達していない。例えば「サラダバッグ」。企業がバブル崩壊後のリストラで社員食堂を廃止し、オフィス街で働く人々は昼食選びに困っていた。そこで、インターネットで注文を受け、オフィス街に開いた「サラダバッグ」に配送し、客に渡す仕組みを考える。東京・日比谷を皮切りに20店以上に増やしたが、平日の昼間は賑わっても、夜と休日は売れない。稼働率が悪く、失敗だった。2005年に撤退する。