ARMはIoT時代のプラットフォームに

ソフトバンクが買収したARMは、半導体の設計のみを行い、世界の半導体メーカーにその設計データを提供している企業です。「省電力設計」という強みから、スマートフォンなどのモバイル向けプロセッサ市場で80%以上のシェアを占めています。さらに、ネットワークインフラ、自動車、家電など、多様な分野に進出しており、今後さまざまなモノがインターネットにつながるIoT(Internet of Things)時代において、製品とシェアを拡大していく計画を立てています。

その鍵となる技術の1つはセキュリティ技術です。IoTの世界ではセキュリティが重要です。例えば、自動運転が外部から勝手に制御されれば、大事故につながります。ARMでは既にTrustZoneという技術を確立しており、インターネットから容易に侵入できない仕組みになっています。

これらの特徴から、IoT時代の産業構造の中で、同社の技術は重要な位置を占める可能性があるのです。現在のARMの売り上げと比べて買収額が高すぎるという批判がありますが、同社の可能性としての売り上げは現在の何十倍にもなるはずです。

ARMがその可能性を広げていくために、開発のための投資を増やしていく必要があります。しかし、出資先が直接の取引先では、別の取引先と利害が対立します。その点、ソフトバンクは直接の取引先ではないため、ARMにとっては理想的な提携先と言えます。

今回の買収について「2社のビジネスには距離があるため、シナジーがない」「携帯電話事業の中で、ARMは自社以外にも供給しなければ儲からないから、ソフトバンクの差別化につながらない」という指摘があります。しかし、これらはソフトバンクの本業を携帯電話事業と捉えた、バリューチェーン的な見方と言えます。

レイヤー構造的な見方をすれば、ARM買収は、IoT時代における産業構造の中で、プラットフォームレイヤーで主導権を握るための事業投資と捉えられます。半導体設計は、レイヤー構造の下位のプラットフォームです。ここで主導権を握れば、モバイルはもとより自動車や家電といったさまざまな上位レイヤーの情報が入ってくるため、上位層の今後の事業多様化と差別化の情報源となります。それによって、IoT時代の産業全体の主導権を握ることができ、上位レイヤーのどこに参入すべきかの判断や、上位レイヤーにおけるビジネスの差別化もしやすくなります。このように考えると、これは先見の明のある事業投資と言えます。

ソフトバンクの孫正義氏は、これまで常に産業構造の変化を捉え、プラットフォームレイヤーに参入してきました。ソフトウェアの流通(ソフトバンク)、インターネット(ヤフー)、ブロードバンド(ヤフーBB)、モバイル(ボーダフォン)、ロボット(ペッパー)、いずれもそうです。そして今度は、IoTのプラットフォームレイヤーに参入しようとしているわけです。

「これは、囲碁でいう重要な『飛び石』を表す。すぐそばに石を置くのは分かりやすい。しかし囲碁で勝つためには、必ずしもそこが正しいとは限らない」(「ITmedia」7月21日)、「ネット社会の根源を握る圧倒的な世界一になる」(「日経新聞」7月20日)――ARM買収をIoT時代における産業の主導権を握るための投資と捉えれば、孫氏の最近の一連の発言も理解しやすくなります。

(構成=増田忠英 写真=時事通信フォト)
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