「一見さんお断り」は新規開拓が困難?
セラピーや心理療法におけるリフレーミングのアプローチは、何をマーケティングに示唆しているのだろうか。
企業の戦略策定などでは、自社の強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、そして脅威(Thread)の4点を見極める「SWOT分析」という手法がよく使われる。SWOT分析をもとに、自社の強みを活かし、弱みを克服しながら、機会と脅威に対峙していくというのが、ビジネス・スクールなどで教えられる戦略策定の標準的なアプローチである。
リフレーミングがユニークなのは、この戦略策定の標準的なアプローチとは異なる展開を示すことである。リフレーミングを知れば、マーケティングにおいても、「弱みは強み」「制約はリソース」という発想が生まれる。
逆説的かもしれないが、企業や地域が制約を克服したり、弱みを切り捨てたりしないことが、希少価値の形成や、競争回避の実現につながっていくことがある。この可能性に注目し、取り組みを進めるのがマーケティング・リフレーミングである。
一例をあげよう。舞妓や芸妓によるもてなしの場である京都の花街のお茶屋のお座敷は、紹介のない客は受けない「一見さんお断り」の慣行を守っている。しかし、お座敷遊びの需要が成長を続けていた時代は過ぎ去っている。なじみ客の需要が減少傾向にある時代にあっては、新規開拓を困難にするこの慣行は、京都の花街の大きな制約である。
だが、制約はリソースともなる。一見さんお断りの慣行を守り続けていることで、京都のお茶屋のお座敷は、誰もが簡単には体験することのできない場となっている。そこから生じる希少性が、一目見たいとの思いをくすぐり、現在では内外から大勢の観光客が、踊りの会(「都をどり」「鴨川をどり」など京都の各花街で開催されており、チケットさえ買えば誰でも入場できる)を訪れるようになっている。
あるいは近年の京都では、夏にビヤガーデンなどを開設する花街もある。芸舞妓がステージで踊りを披露し、テーブルを回る。これも、希少性を活かした一般向けの新規事業ということでは、踊りの会と同じ展開だ。さらに現在の京都の花街は、各所のホテルや商業施設などのイベントへの芸舞妓の出張(海外から声がかかることもあるという)、あるいはお座敷とは別にお茶屋が併設する「お茶屋バー」など、多様な収入源を持つが、これらもまた希少性をベースにその価値を引き出す事業だ。
このように、制約があればこそ生まれる希少性がある。京都の花街では、制約をなくそうとはしていない。制約を受け入れながら、その活かし方を、時代の変化に応じて編み出している。