盛り上がらない国民という「民意の壁」

なぜ発言を控えるのか。

第一に考えられるのは「首相復帰直後の大誤算」の反省だ。13年春、憲法改正手続きを定める96条の先行改正を唱え、国民、世論、与党内の消極派などの大反発で撤回、という苦い経験がある。一転して改憲プランの提唱に慎重になった。

第二は「憲法上の制約」があり、この点を強く意識しているのは疑いない。憲法96条は憲法改正について「国会が、これを発議し」と定めていて、首相は憲法上、改憲についてまったく権限も権能もない。一方、99条は天皇や国務大臣などの憲法尊重・擁護義務を規定する。首相も当然、義務を負う一人だ。憲法改正案の内容について、自民党総裁としてではなく、首相として見解を述べると、憲法違反と追及を受ける可能性がある。

第三は今から始まる改憲案の各党協議と国会発議の原案の取りまとめ作業への配慮である。衆参で3分の2以上を集める改憲案の策定には、与野党の改憲勢力を総結集しなければならない。自身の改憲構想の提唱は総結集の邪魔になると首相は考えているのだろう。

第四は国民投票への影響だ。仮に国会発議ができても、国民投票で過半数の賛成が必要である(96条1項)。自身の改憲構想を明確にすれば、与野党対立と同時に、国民世論の分断を招き、結果的に「国民投票での賛成」に支障をきたすと懸念しているふしがある。

だが、安倍首相の「強い意欲」とは裏腹の「消極姿勢」こそ、国民の関心の乏しさと改憲論議の盛り上がりの欠如を招いている原因と思われる。「今なぜ憲法改正か」「安倍首相の独走では」と冷めた目で見る国民は予想以上に多い。改憲を容認する人たちにも、経済・財政・雇用・社会保障・人口減対策・外交・安全保障などの重要課題が山積している今、それらを後回しにして憲法改正という話ではない、と反応する声は根強い。

『安倍晋三の憲法戦争』塩田 潮(著)・プレジデント社刊

「盛り上がらない国民」という「民意の壁」が改憲実現の最大のハードルである。推進の総大将の安倍首相自身が「今なぜ改憲か」「どんな改憲案でどんな社会と国を」「憲法を変えれば、国民のメリットはこんなに」という点を明確に示さなければ、このハードルを乗り越えるのは困難だろう。明確に示せば国民の反発や反対が強くなると心配しているのであれば、もともと安倍改憲構想に国民はノー、と自覚しなければならない。

安倍首相の「憲法戦争」は政界入りから始まり、いよいよ大詰めに差しかかる段階だ。その場面で、「安倍首相と憲法」の過去と現在を追跡し、今後を展望する最新刊の拙著『安倍晋三の憲法戦争』(プレジデント社)刊行となった。

「プレジデント・オンライン」の短期連載では、衆参両院の憲法審査会を中心とした憲法協議の本格スタートを前に、各党の憲法問題の責任者や専門家の議員にインタビューを行い、併せて憲法をめぐる今後の動きを随時、レポートする。

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