強いマインドコントロールや暴力的な手段による意図的な支配だけでなく、ごく普通の社会生活の中でいつの間にか、誰か、あるいは何らかのルールに支配されていることがある。その支配が習慣化すれば、奴隷人生になることもあるのだ。
職場や家庭という日常に潜む支配の怖さ。支配されてしまう人はどういう思考回路なのか、支配されない人との違いはどこにあるのか。心理学と精神医学の立場から、和田秀樹医師に話を聞いた。

私が休んだら仕事が回らない!

働く人のメンタルヘルスにかかわっていると「自分が休んだら仕事が回らない」あるいは「休んだら周囲に迷惑をかける」という思い込みの強い人に対して、どう説得するかに頭を悩ませることがある。どれだけ疲労し自分の体が悲鳴をあげていても、なかなか休むことに納得できないのだ。月100時間を超える残業と過酷なノルマで、自殺するケースも多い。

「自分がいなければ仕事が回っていかない」「休んで周囲に迷惑をかけてはいけない」という感覚は、一見すると美徳であり、やりがいの追求のようにも見える。しかしこれは心理学的にはネガティブな要素を孕んでいる。というのは、「あなたがいなくてもやれる」という状況は、自分の認知に対して非常に不協和を起こすのだ。この「認知的不協和」を生じさせたくないという心理が、あえて奴隷状態へと駆り立ててしまうのである。

律儀で生真面目、ノーと言えない人ほどこの葛藤は起こりやすい。そして、上に支配され、無茶な働きぶりを強いられやすい。こういうタイプの人がブラックな会社に就職してしまうと、まさに職場の奴隷となって身も心もぼろぼろになり、過労死を招くことにもなりかねないのだ。休暇をとらせない、サービス残業などの悪質な労働環境は、もちろん企業の問題であって責任を追及する必要があるし、労働環境の改善を求めていかなければいけない。

ただ、働き手の側も考え方を見なおすことはできるだろう。「自分がいなければ回っていかない」は、どんな場合でも誤った信念なのだ。誰にでも病気にかかるリスクはあるし、そのために休める環境でなくてはいけない。本当に職場になくてはならない人ならば、自分がいなくても回るような職場をつくっていくことができるのではないだろうか。