強いマインドコントロールや暴力的な手段による意図的な支配だけでなく、ごく普通の社会生活の中でいつの間にか、誰か、あるいは何らかのルールに支配されていることがある。その支配が習慣化すれば、奴隷人生になることもあるのだ。
職場や家庭という日常に潜む支配の怖さ。支配されてしまう人はどういう思考回路なのか、支配されない人との違いはどこにあるのか。心理学と精神医学の立場から、和田秀樹医師に話を聞いた。
もしもATM夫になってしまったら
職場に比べて、夫婦や家族では支配――被支配の関係はより鮮明である。支配されやすい認知構造を持った人と支配する認知構造を持った人がいれば、家庭には支配構造ができてしまう。
また、資産を狙った婚活詐欺や保険金殺人などの犯罪となると話は別だが、常識的な夫婦間のいざこざでは、パートナーのどちらにも「かくあるべし」が強いと支配が起こりやすい。
気が合っている状態では「夫(妻)はこうすべき」「家族はこうあるべき」「世帯年収はかくあるべき」と、互いを洗脳し、縛り合う構造をつくっていく。そして、意見が食い違う状態になると、より強い「かくあるべし」を持っている側が支配し、それに対して逃げ道を持たないか、ほかの可能性を考えられない側が、結果的に支配されることになってしまう。
だから、家庭内の支配関係を解きほぐしたいと考えたら、まず自分から「かくあるべし」思考をやめることを提案したい。
また、妻に支配され、自分が金を引き出されるだけのATM夫と化していると自覚しているとき、「この奥さんに逃げられたら私は暮らしていけない」と思っていれば関係性を変えることは難しい。
子どものいじめ問題と同じように「もう逃げられない」という状況で立ち向かっていくのではなく、逃げ道をつくるということも重要だろう。
また、暴力的な支配を受けている場合はこれとはまた別である。虐待などのひどい暴力を受けると、やはり恐怖感から行動を起こせなくなってしまう。
よく言われるのがサレンダー心理というものだ。これは、ジュディス・ハーマンというトラウマの研究者の説で、虐待も軽い間は逃げ出すことも逆らったりすることもできる。しかし、命の危険を感じるほどの虐待を受けると、逆に支配者に気に入られるよう媚びへつらってしまうというのだ。そして、周囲の人には虐待を隠したり、いかにも仲良しであるような態度をとって、支配者を喜ばせようとしてしまう。
なぜこのようなことが起こるかという理由は2つ考えられている。まず1つは、あまりにひどい虐待をされると相手を理想化してしまうこと。そして1つは、虐待によりある種の麻痺が起こってしまい、相手と同一化したくなるというのである。
暴力的な支配については、「自分が変わればなんとかなる」と考えるのは危険で、早めに外部の人に相談しておくことも必要だ。