人の心を動かせる仕事が葬儀だ

冨安は1960年、愛知県の果樹園農家の長男として生まれた。両親は果樹園経営に忙しく、冨安少年は祖母に面倒をみてもらった。祖母は物心がつく頃から、毎日のように4つのことを言い続けた。

「自立しなさい」
「人のために生きなさい」
「いつも笑顔でいなさい」
「しんどい道と楽な道があったら、しんどい道を選びなさい」

両親も食事時など、祖母と同じようなことを言う。いつの間にか人のために生きる仕事を探すようになった。

山口の大学に入学が決まり、入学式まで2週間ぐらいあったので、冨安はアルバイトで葬儀社に入った。そこで働き出して数日目、先輩社員が片付けと葬儀代の集金に行くときに同行した。すると、遺族が先輩に頭を下げ、「ありがとうございます」と深く感謝していた。「あなたに救われたような気がします」とまで言う。冨安はショックを受けた。普通はおカネをもらった方が頭を下げるのに、先輩は感謝されながら多額の代金を受け取っている。

人の心をこんなに動かせる仕事があるのか! 冨安は葬儀社への入社を決意した。その日のうちに葬儀社の店長に「社員にして下さい」と頼んだ。だが、大学入学前の若者を雇うわけにはいかない。「まずは大学へ行け。親が反対するぞ」と諭すが、冨安は両親や祖母に大学へ行っているとうそをついて、入学を辞退し、そのまま葬儀社の社員になった。

休むことなく、その葬儀社で働き、その後、東海地方に本社のある大手互助会に転職し、20代で店長に抜擢されるほど業績を上げた。だが、その頃から、冨安の胸の内に葬儀業界の慣習に対する疑問が膨らんでいった。改善を会社に進言するが、相手にされず、ついに独立して葬儀社を立ち上げる決心をした。

葬儀業界を改革したいといろいろな人たちに話し、出資を得ようとしたが、誰も真剣に聞いてくれない。そのうち、冨安の考え方に賛同する事業家と出会い、支援を得て1997年にティアを創業した。初期投資を抑えるため、葬儀会館を地主に建ててもらって借りることにしたのだが、都合よく地主は見つからない。葬儀会館と聞いただけで相手はひいてしまう。何件あたっても断られ続けたが、ようやく首を縦に振る地主に出会い、98年に1号館がオープンした。

ところが、いくら待っていても利用客がやってこない。このままでは半年後に潰れるというところまで追い込まれ、冨安はチラシを抱えて毎日20キロを歩き、周囲の住居を1軒1軒回った。葬儀社というだけで、文字通り塩をまかれて追い出された。そのうち、少しずつ葬儀を頼まれるようになり、心のこもった対応が口コミで拡がり、会員数も増えていった。

今年2016年8月には、都内初の「葬儀相談サロン ティア日暮里」を山手線日暮里駅近くに開いた。葬儀から仏壇・仏具、墓地まであらゆる相談に乗り、都心に新たな出店モデルを確立したいと考えている。

「画一化された葬儀はやりません。様々な人生の最期を垣間見ることのできる貴重な場ですし、そこに学びがある。そのことに感謝する気持ちを社員と共に持ち続けたいと思います」

冨安はアルバイト時代に聞いた「ありがとう」という遺族の言葉をいまも求め続けている。

(文中敬称略)

株式会社ティア
●代表者:冨安徳久
●設立:1997年
●業種:葬儀・法要事業、フランチャイズ事業
●従業員:352名
●年商:102億円(2015年度)
●本社:愛知県名古屋市
●ホームページ:http://www.tear.co.jp
(日本実業出版社、ティア=写真提供)
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