苦境を乗り切る「全員集会方式」

チャタヌガを含め、工場が6つあった。データを分析し、コストの差やムダを把握し、2工場の閉鎖、3工場での人員削減、機種の絞り込みなどを決めた。ただ、チャタヌガでだけは人減らしをせず、5カ月の休業とする。その間、草むしりなどをさせて、給与は払うが、4分の1はカットする。その案を説明するために、工場で働く350人全員を集めた。すると、「長くいる従業員は残し、新しい人間をレイオフすればいい」という米国流の主張が出た。そうすれば、残る面々の給与を減らす必要はないからだ。でも、「1人も解雇はしない」と言い切る。

米国流の冷徹な合理主義よりも、情のある日本流。形はそうだが、理由はほかにある。チャタヌガは効率がよく、生産コストも低かった。立ち上げて5年で改善活動も浸透中。雇用優先は、合理的な決断だ。そう説明した。その後、チャタヌガでは「ここでは、首切りはない」との安心感が定着し、稼ぎ頭に育つ。

「有徳慧術知者、恒存乎疢疾」(徳慧術知ある者は、恒に疢疾に存す)――徳慧とは徳のある人格や知恵、術知は素晴らしい才智、疢疾は艱難や災いのこと。『孟子』にある言葉で、「人の徳性や才智は、つねに困難や災厄のなかで磨かれ、育っていくものだ」という意味だ。

2度の米国勤務は、どちらも現地の業績の最悪期。そこから抜け出すには、全員が問題点を認識し、危機感を共有することが必要だ。それには「誰もがよくわかるように、説き聞かす」ことが、鍵だった。でも、その説明力は、『孟子』が指摘するように、厳しい状況下だったからこそ、磨かれたのだろう。

全員集会方式での説明は、2001年に社長となって、また始めた。このときも、業績はどん底。本決算と中間決算の直後に年2回、国内の全工場を回り、みんなを集めて、会社の現状と経営方針を説き聞かす。販売会社の大会でも同様に話す。業績は2年目にV字回復したが、在任6年、それを続けた。グループ企業のトップにも、同じようにさせた。

説明力で言えば、何かに呼び名を付けるネーミングも重視する。たとえ同じことをやっても、うまく命名すれば、「ああ、これはあそこの会社だ」と世間の認知を独占できる。それに、命名が的確ならば、かなりの説明力も持つ。いま、コマツの製品のすべてに、世界のどこにあり、どのような状態になっているかがつかめる機能を付けてある。このシステムに、米国人社員の提案で「KOMTRAX」と命名した。KOMATSUが製品のデータをTRACKING(追跡)する、との意味だ。

10年余り前、トラクターを盗んでATMを破壊し、現金を盗む事件が続いた。開発担当者に「機械を勝手に動かした途端に、アラームが鳴るようにできないか」と聞いた。担当者によると、街にある自動販売機には、誰かが一つずつ回って蓋を開け、どの商品がどれだけ残っているかなどと調べていないものがある。データが無線で自動送信され、行かなくてもつかめるからだ。この仕組みをGPS(全地球測位システム)と組み合わせれば、トラクターを盗んで動かせばすぐにわかるし、ATMのところまでトラックに積んで運べば、移動速度の違いから異常が判明する。そう聞いて、導入した。

「車格」のネーミングでは、当時の上司が「よく思いついたものだ。普通なら『ベターパフォーマンス』とでも言うのだろうが、英語がまだ不自由だったせいか、自由な発想だったな」と言ってくれた。そう。固定観念などに縛られていては、最も的確な説明など、おぼつかない。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)