「MBAを取得しても経営者にはなれない」

【弘兼】そして97年からアメリカのケース・ウェスタン・リザーブ大学院に進学。大学院への進学は以前から希望していたのですか?

【玉塚】シンガポール勤務の4年目後半だったと思うんですが、回覧板で〈経営学を徹底的に学ぼう〉という趣旨の社員派遣募集が出ていたんです。これは行きたいと思いました。投資や融資、キャッシュフローの管理など財務が苦手だと自覚するようになっていました。その部分を補いたいという思いがありましたね。

2016年3月の記者会見。社長だった玉塚元一氏が会長CEOに、副社長だった竹増貞信氏が社長COOに就任すると発表した。(時事通信フォト=写真)

【弘兼】アメリカの大学院に行くには、相当の英語力が必要になりますよね。

【玉塚】シンガポールから帰国して約2年間は、仕事をしながら留学用の勉強に没頭していました。大学時代、ラグビーばかりやっていましたから、徹底的に勉強する時間を持ちたいという気持ちもありました。

【弘兼】アメリカの大学院の勉強はどうでしたか?

【玉塚】とにかく刺激的でした。たくさんの現役の経営者がやってきて、1時間、2時間と話をしてくれるんです。ジーンズをはいて野球帽を被った、どこにでもいそうな風情の若者が、1000億円、2000億円売り上げのある会社をつくっている。ああ、やっぱり自分は経営というところで勝負したいなと思いました。

【弘兼】日本に帰国後、旭硝子を退社するという選択をしました。

【玉塚】旭硝子の中で20年かけて経営者を目指すのか、あるいは自らを荒波の中に放り込んで経営者としての資質を鍛えていくのか。このときは本当に悩みました。

【弘兼】旭硝子退社後、日本IBMを経て98年12月にファーストリテイリングに入社。ヘッドハンティングという形だったんですか?

【玉塚】これからの経営には英語、財務会計、コンピュータが必要だと思って、日本IBMに入りました。IBMの営業で3社目に行ったのが、ユニクロを展開するファーストリテイリング。そこで柳井(正・CEO)さんと会ったんです。IBMのコンサルティングを売り込みに行ったのですが、自分のプレゼンはイケてなかった。柳井さんから誘われたというよりも、説教されたんです。

【弘兼】説教ですか?

【玉塚】君は何をやりたいんだと言われました。僕が本当にやりたかったのはコンサルティングではなく経営。それを見抜かれたんでしょう。柳井さんはこうおっしゃったんです。経営や商売というのは、自分のなけなしの金で場末に店を出して、一生懸命考えることから始まる。誰も来ないとする。どうして誰も来ないんだろうと考える。店が暗いのか、他の店よりも価格が高いのか。試行錯誤して、お客さまに来てもらえるようになったとしても、何も買わずに出ていく人もいる。そのうち自分の手元のキャッシュが減っていき、胃が痛くなる。そういう経験をし続けない限り、MBAを取ろうが、コンサルティングをやろうが、商売人、経営者にはなれない。

【弘兼】自分で小規模な店から始めた柳井さんらしい意見ですね。

【玉塚】そのとき脳天をかち割られたような気分でした。そして、この人には嘘をつけないと思いました。ファーストリテイリングに入ったのは、彼のもとで経営を学びたいという思いでした。丁稚奉公のようなものですよ。実際に入社して店舗研修から始めました。