正義と正義のケンカ

最近、「こども食堂」が全国的に広がっています。子どもの6人に1人が相対的に貧困状態と言われるなか、家庭で満足に食事を取れない子どもや、親が働きに出ているために1人で食事をしなければならない「孤食」の子どもたちが増えています。そういう子どもたちに対して、格安や無償で温かい食事を提供する社会奉仕的なサービスです。食材は、賞味期限の問題で廃棄間近の食材や各家庭で余った食材などを集め、市民団体がボランティアで運営していることが多いようです。

社会的課題に地域で取り組むのはいいことだと思いますが、こども食堂は「恵まれない子どもたちのために」といった「施し」の色がどうしても強くなりがちです。また、実際に現場の人たちの話を聞いてみると、仕事以外の自己表現の場として、「自分の正義を体現したい」というモチベーションで活動している人が結構多いようなのです。

ゆるい食堂の様子

すると、そこでしばしば、正義と正義のぶつかり合いによるケンカが起こっているようです。たとえば、どこまでを貧困と捉え、どこまで施しの対象にするのか、食事の値段をいくらに設定するか、といったことなどで激しく揉めるらしいのです。ある人は「無料で提供したい」と言い、ある人は「ワンコインくらいは払ってもらうべきだ」と主張する。メンバーそれぞれが持つ正義と正義の対立から、「お前の主張は偽善だ」といったような口論まで起きて、組織が分裂したり、同じような活動を近くで始めてライバルとして妨害しあうようなことまであるようです。

正義を盾にして、活動の本質をを見失う。これは、他の市民活動やボランティアなどでもよくあることかもしれません。