戦前生まれで洒落っ気皆無の親が常々口にする「もったいない」を美徳として育った。第一次オイルショック時に連呼されたセツヤクというお題目を、小学生だった筆者は何の疑いもなく受け容れた。菓子の空き箱、チビた鉛筆、裏が白い広告紙……「そのうち何かで使うかもしれない」ものを喜々としてストックした。当時は世間的に指弾されていた「モノを浪費する若者・子供」とは違う自分を、けっこうイケてると思い込んでいた。

今も自宅には「そのうち何かで使うかもしれない」古書や古雑誌が山と積まれている。整理整頓を唱える奥様のお言葉は、夫の所有物全般をことごとく嫌悪する妻族の習性と解釈し、意に介さなかった。「捨てられないオレ」を、けっこう可愛げがあるとさえ思っていた。

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