しかし世界金融危機の影響を受けて、ギリシャのみならず、ユーロ圏のEU16カ国全体、そしてEU27カ国全体が財政赤字を拡大せざるをえなくなったことは事実である。ユーロ圏のEU16カ国全体について、07年には対GDP比で0.6%の財政赤字が08年には2.0%に拡大した。EU27カ国全体でも、07年には対GDP比で0.8%の財政赤字が08年には2.3%に拡大した。このように、ユーロ圏EU16カ国でもEU27カ国でも全体として07年から08年にかけて財政赤字が1.5%増大している。EU全体の財政赤字の拡大と比較しても、ギリシャの財政赤字の対GDP比が3.7%から7.7%へ拡大したことは際立っている。さらにギリシャの財政再建計画を示す表を見ると、09年にはさらに財政赤字が拡大して、対GDP比で12.7%の財政赤字を記録する。そして、10年には若干縮小するものの、対GDP比で8.7%の財政赤字を続けることが計画されている。

世界金融危機によって財政赤字が増大する理由はいくつかある。その最大の理由は、世界金融危機の影響を受けて、経営破綻した金融機関、あるいは、バランスシートを傷めた金融機関を救済するために支出される金融部門支援のための財政支出が増大することである。IMFの試算(09年5月時点)によると、ギリシャにおいては、今回の世界金融危機によって、銀行への資本注入が50億ユーロ(約0.6兆円)、新規融資への政府保証が150億ユーロ(約1.8兆円)、銀行への流動性供給として80億ユーロ(約0.96兆円)、総計280億ユーロ(約3.36兆円)が財政負担として政府にのしかかっている。08年のギリシャのGDPが2429億ユーロ(約31兆円)であることと比較すると、GDPの約12%に相当する財政負担を金融部門支援に支出することを強いられている。

これらの金融部門支援のための財政負担は、財政刺激のための公共投資等の政府支出(近年では、公共投資でさえも、財政赤字拡大が将来の増税を予想させて民間部門の消費に結びつかないとか、あるいは、財政赤字拡大が国債の大量発行につながり、国債利回り、ひいては、長期金利をそのリスクプレミアムだけ押し上げるために民間部門の投資を抑制するという問題が指摘されている)とは異なり、直接的には景気刺激にはつながってこない。そのため、景気対策としては、金融部門支援のための財政支出のほかに、財政刺激のための公共投資等の政府支出が追加されなければならないことが、世界金融危機における各国政府の財政負担の拡大の理由となっている。

今年2月初めにカナダのイカルイトで開催された7カ国財務大臣・中央銀行総裁会議(G7)において、ギリシャの財政危機に対してはG7やIMFではなくて、EUが対処するという方針が合意された。そして、2月半ばのEU首脳会議において、ギリシャを支援することが合意された。続いて開催されたユーロ圏16カ国の財務大臣会議において、表に示されるギリシャの財政再建計画が承認された。

実現可能性の低いギリシャの財政再建計画

EU27カ国の財政赤字の推移

EU27カ国の財政赤字の推移

その財政再建策には、累進課税の強化、たばこ税引き上げ、資産課税導入、公務員手当ての削減や公務員の新規採用凍結などが挙がっている。これらによって、財政赤字を09年の対GDP比12.7%から13年には対GDP比2.0%まで引き下げようという、随分と大胆な財政再建計画である。昨年初めにオバマ米国大統領が発表したアメリカの財政赤字を対GDP比で08年の12.3%から12年にその半分にするという財政再建計画に比べても、思い切った財政再建計画であることがわかる。逆に言うと、その実現の可能性がどれほどのものか疑念を抱かざるをえない。さらに、ギリシャ国内で公務員労働組合組織がこの財政再建策に反対して、ストライキを行うなどの抵抗勢力が存在することも、ギリシャの財政再建計画の実現を一層困難なものとしている。

今、EU、とりわけ、ユーロ圏16カ国に懸念されることは、ギリシャの財政危機が他のユーロ圏諸国、とりわけ、ギリシャほどではないが世界金融危機の影響を受けて財政赤字を増大させている、いわゆる「PIIGS」(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)の他の国々へ波及することである。その波及がひいてはユーロ圏全体そしてユーロに対する信認の低下につながる懸念もある。欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)、そしてEU各国政府はギリシャの財政危機が近隣諸国に波及しないよう食い止めることを重視している。とりわけ、欧州委員会は、放漫財政を続けてきたギリシャを救済することによって、放漫財政をしても救済されるのならば財政規律を遵守する必要はないと思わせるモラルハザードを防止することよりも、ユーロに対する信認を重視しているように見受けられる。この点は、納税者の目を気にするEU各国政府とは多少スタンスが異なる。

放漫財政に目をつぶりギリシャを救済すれば短期的にはユーロ安定化に貢献するだろう。しかし長期的には、財政規律の欠如が根本的に解消されないかぎり、再び財政危機がユーロ圏諸国とユーロを襲うかもしれない。

(図版作成=平良 徹)