個人主義的な価値観を持ちこむのは好ましくない

ある地方の病院の院長を務めていた医師の話です。医療技術もマネジメントもすぐれた人物で「この人にこそ……」という案件を申し出ました。本人も前向きに検討していたのですが、突如、近隣の病院との合併が決定。勤務先には多くの教え子がいるため、彼らの進路を見届けるべきと考え、辞退の連絡が当社に入ったのです。ところが、その姿勢に感銘したクライアントは「2~3年なら待つ」といってくれました。

どうでしょうか。つまり、彼が私たちやクライアントに示したのは共同体感覚です。自分よりもまず、一緒に働いてきた仲間や部下のことを優先しています。よく「利他の精神」といいますが、それを見事に発揮されました。実は、私たちが評価できる人の絶対要素の1つがそこなのです。おそらく、この院長であれば、どこに移っても周囲から慕われ、素晴らしい仕事をするはずです。

日本人の特徴として、人間関係を重んじるという側面があります。ある意味で、日本はずっと「和の経営」を行ってきました。組織内での協調、協働、共有化といったキーワードを大切にしながら、全体とのバランスを取ってきたのです。そこに、あまり個人主義的な価値観を持ちこむことは好ましくありません。まして「乞われて会社を移るのだから、それなりの評価はされてもいいだろう」といった色気を持ち出したら間違いなく敬遠されるでしょう。

例えば当社には、ベンチャーや中小企業がこれから発展拡大するために、すでに成長経験を有している大企業の人材を欲しがるというニーズが持ちこまれます。当然、大企業でもそれなりの役職にいる方にアプローチします。当初の期待に反し、私どもが、さして有名ではない会社の名前を伝えると、膨らんでいた期待がしぼみ、がっかりしている様子が見て取れる人もいます。

提示される報酬額もそれまでの倍といったようなことにはなりません。数千万円の金額を約束されるのは、もともとそれに近い年収をもらっていた人が対象となるのが現実です。もちろん、前職より1割程度ベースアップする案件が大半ですが、主任クラスがヘッドハンティングで転職する場合なら、600~700万円が一般的です。

しかし、考えてみてください。5年後、10年後に世の中の注目を浴びるような存在になろうと懸命に努力している会社には可能性があります。そこで実力を発揮し、自分の職業人生で何を残すかという観点からすると、かなり魅力的ではないでしょうか。そんなとき私は、その企業の将来性について熱く語ることにしています。

武元康明(たけもと・やすあき)
サーチファームジャパン社長
1968年生まれ。石川県出身。日系、外資系、双方の企業(航空業界)を経て約18年の人材サーチキャリアを持つ。経済界と医師業界における世界有数のトップヘッドハンター。日本型経営と西洋型の違いを経験・理解し、それを企業と人材の マッチングに活かすよう心掛けている。クライアント対応から候補者インタビューを手がけるため、 驚異的なペースで 飛び回る毎日。2003年10月サーチファーム・ジャパン設立、常務。08年1月代表取締役社長、半蔵門パートナーズ代表取締役を兼任。
(取材・構成=岡村繁雄)
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