特殊事例で煽られた報道とは違った重み
その甲斐あって、珠玉の手記が集まった。
<4月から自分の夢であった保育士となり、働くことになりました。地震があったあの日に母に守ってもらった自分は、今度は子どもたちを守る立場になります。未来へと繋がっていく大切な命を、自分の命に変えてでも守ることができるようにしたいと思っています。>(金澤優希 いわき短期大学幼児教育科2年)
<私の教え子の一人が、津波から逃げ切れず祖母とともに亡くなったのですが、これは、玄関先のわずか30センチメートルの段差を降りられなかったために起こった悲劇でした。近所の人たちは、障害者がいることはわかっていたのですが、あの混乱のさなか、支援の手が届けられなかったのです。>(中村雅彦 福島県点字図書館館長)
学生、主婦、会社員、NPO理事、経営者、ジャーナリスト……。さまざまな立場の人たちが、体験に基づく貴重な手記を寄せている。
日常とは、名もなき人々の積み重ねでできている。特殊事例で煽られた報道とは違った重みが、この書にはある。肩書きは当時のもので、今は違った人生を送っている人もいれば、すでに鬼籍に入った方もいらっしゃると聞く。だからこそ、ここに綴られた一篇一篇は尊く、皆、美しささえ感じられるのだ。
また、私事ではあるが、代表の古川氏は私の元上司である。右も左も知らないくせに鼻っ柱だけは強かった私に、編集のイロハを叩き込んでくださった恩人だ。30余年ぶりに再会した師は、今なお活字にこだわり、市井の声に耳を傾けていた。老いてなお、社会と向き合うジャーナリズム精神の気骨を見せているのだ。
間もなく、夏の参院選に突入する。3.11の記念日に同様の書を読むのもいいが、この国の未来、私たちの子孫の将来を考えて一票を投じる際の“参考書”にもなるのではないか。そう思える一冊である。