楽天イーグルスの立ち上げメンバーに

【田原】次は楽天イーグルスの立ち上げにかかわったそうですね。どういう経緯で?

【岸田】楽天がプロ野球に参入することは朝、ニュースで知りました。社内で、やりたいやつは手をあげろという話があったので、僕も手をあげた。たしか1週間で200人くらいの応募があって、選ばれた3人の中に僕も入っていました。

【田原】なかなかの倍率ですね。どうして岸田さんが選ばれたんでしょう。

【岸田】よく分かりませんが、楽天の野球同好会のメンバーだったこともプラスに働いたかもしれません。チーム発足の準備室はぜんぶで約10人のメンバーがいましたが、サードを守っていた人が球団代表になって、チームの監督が球団社長、ファーストが取締役になった。僕はショートを守っていました(笑)。

田原総一朗氏

【田原】球団ではどういうお仕事を?

【岸田】最初は採用を担当しました。準備室の10人では球団運営ができないので、新たに新入社員を採用する必要がありました。募集をかけたところ、約8000人から応募があった。全員の履歴書を紙に印刷して積んだら、ものすごい高さになった。そこから最終的に20人を採用しました。

【田原】その後は?

【岸田】球団は、野球をやるためのチーム部門と、収益を上げていくための事業部門に分かれます。たとえば選手の編成をするのはチーム部門。一方、チケットやグッズを売ったり、広告を取ってきたりするのが事業部門。僕は事業部門の担当でした。人数が少ないので事業部門の仕事はすべてやりましたが、主に担当していたのはチケットでした。

【田原】チケットは売れたんですか。

【岸田】おかげさまで初年度は、想定以上に売れました。当時、宮城球場は1万6000席。平日は半分くらいしか集客できない日もありましたが、週末に関してはほぼ完売でした。

【田原】楽天イーグルスには何年いらっしゃったんですか。

【岸田】3年間です。その前の楽天デリバリーと合わせて、合計5年半お世話になりました。