だが、一連のリップサービスの多くは「言うだけならばタダ同然」のことばかりだ。一方、会見中に郭が苛立ちを見せた質問が2点あった。

「交渉の最終段階で、ホンハイ側はシャープへの提示額を1000億円減額してきた。今後、さらに支払いを減らすことはないのか?」

そう尋ねた米ブルームバーグの記者を、郭は「質問の意味がわからない」とギロリと睨んで、3度目の質問でようやく「Not!(金額を減らすことはない)」と不機嫌そうに答えた。今しがた調印を済ませた契約内容について、言質を取られることを避けるのはいかなる意図ゆえなのだろうか。

「郭会長は自身の著書のなかで能力至上主義を強調してきた。あなたは今後、シャープの経営陣と従業員にどう向き合っていくのか?」

本誌記者の問いにも、郭は「タフな質問だ」とつぶやき表情を変えた。リストラの有無を重ねて尋ねると、彼は言葉を選びながら「最善を尽くし、同社の従業員には全員に残ってもらうようにしたい」と答えている。

ただし、こちらもホンハイグループが年間3~5%の従業員を「個人の業績」を理由に解雇している事実を示したうえでの発言だ。今後、「個人の業績」が上がらない人員の処遇に含みを持たせる表現だった。

郭は不機嫌になると、「You know?(わかりますよね?)」という言葉を盛んに挟む。無自覚的な癖だろうが、威圧的な印象を与える点は否めない。

――現代のチンギス・ハン。

台北郊外の街工場・ホンハイを1代で世界最大手のEMS(電子機器受託製造サービス)メーカーに押し上げ、130万人の従業員を擁する巨大帝国をつくりあげた郭に対して、台湾の大手経済誌「天下雑誌」が付けたあだ名である。事実、郭は1日16時間働くという自身のワーキング・スタイルや、自己犠牲精神をあらゆる部下に要求する。社内での「独裁」を公然と認める発言をおこなうなど、この異名がピタリと当てはまる人物だ。

4年越しのタフなアプローチの結果、ホンハイの傘下となったシャープの経営陣と従業員は、果たして帝国の一層の発展のために働き続けることができるのか。今後の推移を見守りたい。

(熊谷武二=撮影)
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