2年連続で生産台数は1000万台を超え、過去最高益を更新したトヨタ自動車。絶好調に見える中、社内で着々と進められているのが、大規模な教育改革だ。人材育成を専門にする中原淳東京大学准教授とともに、その現場を取材した。

新任部長が受ける「講師になる研修」

「今日は定年後の働き方についてお話があります。同じ職場での再雇用をご希望とのことですが、残念ながらこのまま続けるのは難しいというのが会社からの回答です」「え!? では失業ということですか?」

こんな生々しいやりとりが行われているのは愛知県豊田市にあるトヨタの研修施設の一角。年上の部下に対し、定年後再雇用できない旨を伝えるという、極めて“高度”な面談演習の一幕だ。2015年12月17日、この日は、トヨタの将来を担う基幹職一級(部長級)昇格者12人が集められ、この春から導入される新しい管理職養成プログラムのための研修が行われていた。受講者は、全員が工場や技術開発部門、本社部門などの部長や室長という、まさに幹部候補の集まりだ。

第一線で活躍する多忙な部長級の社員が、研修施設で朝8時から夜の19時まで続く研修に参加する目的は、新しい基幹職2級(次長級)150人、基幹職3級(課長級)400人に向けた研修の講師、アドバイザーになることだ。ただでさえ忙しい現役の部長級の管理職が、講師になるための研修を受け、講師として年に何度も登壇するというのは、一般的な企業においてあまりない。それを敢行するところにトヨタの人づくり、教育改革にかける本気度が表れている。

トヨタが本格的に教育改革に着手したのは、14年の年初から。改革の中心となって動くのは、トヨタインスティテュートだ。従業員約7万人のうち、現場のライン業務に従事する技能職以外の事技職(総合職)と業務職(一般職)2万5000人の人材育成を担当する人事部門である。

常務役員 上田達郎氏●1961年、岐阜県出身。一橋大学商学部卒、84年入社。人材開発部部長を経て、2013年より常務役員(総務・人事本部本部長)。トヨタインスティテュート部長兼務。

教育改革の端緒となったのは、09年から10年にかけて北米で起きた大規模リコールにつながる品質問題だった。人事担当常務の上田達郎は、「これは、公聴会のときに社長の豊田が話したことでもありますが、あのとき我々には、人材育成の伸びが成長の伸びに追いついていなかった、という反省がありました」と話す。

00年代に入り、トヨタは年間販売台数を50万台近いペースで急激に伸ばした。しかし、社員を増やすわけにもいかず、多くの業務を外注に頼らざるをえなくなり、「言ってみれば『雑巾がけ』のような地味だけれど実は大事な仕事からどんどん外注に出すようになりました」(上田常務)。社員は実際に図面を描いたり、工場に赴いて設備を試したり、といった仕事に時間を割けなくなった。社内にノウハウが蓄積できない状況が10年近く続いた結果、「図面を見ても、現場に行っても見方がわからない、ポイントがつかめないという社員が増えてきてしまった」のだという。