市場ができる前にルールづくりに参加する

【弘兼】もう1つ、会社資料を見て目に付いたのは、国際認証機関に深くコミットしていることです。

【山海】そうですね。例えば、日本企業が特許をとって新製品を作り、輸出しようとします。ところがISO(国際標準化機構)の定めた規格がハードルになることがある。さらに欧米の企業は、自分たちの技術水準にあわせてルールを変えてしまう。日本から世界に出ていこうとしても、すでにマーケットが押さえられていて、技術的には先行していても参入できない、ということもあります。

【弘兼】だからこそ、その中に山海さんが入っていたことが不思議です。

【山海】革新技術だけは、ルールづくりの段階で参加するチャンスがあるんです。私の場合、ISOのメディカルロボット委員会に呼ばれたことがきっかけです。未知の世界のルールづくりをしているときには、その世界の先頭を走っている人間に話を聞くしかありませんから。

【弘兼】山海さんはロボット工学や神経科学、IT技術を融合させた「サイバニクス」という分野を提唱されています。さらに上場企業の経営、国際機関での交渉など、異分野の壁を軽々と乗り越えているように見えます。「山海嘉之」という人間はどのようにつくられたのでしょうか。子どもの頃は科学少年でしたか?

【山海】ええ。科学少年です。家には学校にあるような実験道具が揃っていました。ウシガエルをつかまえ、自作した信号発信装置を腿につけて、横軸に周波数、縦軸に筋肉の収縮度をグラフにつけていました。サッカー少年や野球少年は褒められますが、科学少年というのは……どうでしょう(笑)。

【弘兼】変わり者扱いされますよね(笑)。将来の夢は科学者でしたか?

【山海】小学3年生のときにアイザック・アシモフのSF短編集『われはロボット』(2004年、ウィル・スミス主演『アイ・ロボット』として映画化された)を読みました。物語は西暦2058年が舞台。テーマは人とテクノロジーの関係です。小学6年生までには「社会の役に立つロボットを作りたい」と明確に思っていましたね。そして、研究者や科学者としての倫理にも目覚めていました。当時の文集には「科学とは悪用すればこわいもの」と書いていましたから。

【弘兼】科学者倫理といえば、『2001年宇宙の旅』にしても『アイ・ロボット』にしても、ロボットが反乱を起こすという話が多いですね。

【山海】それは欧米独特のものだと思います。支配されている人間が蜂起することで社会が変わってきた革命の歴史がある。ロボットが反乱を起こすかもしれないという恐怖が潜在的にあるのでしょう。

【弘兼】日本人が『鉄腕アトム』に愛着を持つのとは違うわけですね。

【山海】その通りです。アメリカもヨーロッパも単純労働者の仕事を奪う恐れがあると考えたのか、ロボットを積極的に導入してきませんでした。高度成長期に日本企業が高品質低価格を売り物にできたのは、産業用ロボットを積極的に導入したからです。人が苦手とする精度の高い繰り返し作業をロボットに任せた。そして今、技術の進化で、福祉や生活の中にロボットが入ろうとしている。