「いっさい口を出さず」でやる気を育てる

徒手空拳での創業から37年余り、安田隆夫氏率いる「ドン・キホーテ」は、年商7000億円の巨大小売業にのし上がった。周囲を煌々と照らした深夜営業、商品を所狭しと並べる圧縮陳列といった業界常識をことごとく覆す安田流の“逆張り商法”は、繰り返しマスコミで紹介された。だが半面で、夜間騒音を嫌う住民の出店反対運動があり、従業員の犠牲者まで出した連続放火事件も世間を騒がせた。

『安売り王一代』安田 隆夫著 文藝春秋

それでも、2015年6月期まで26期連続増収増益を続けてきたことは特筆に値する。理由はいくつもあるだろうが、あえて挙げれば、顧客満足と権限委譲だろう。前者は、普通は売り場と呼ぶ店内を買い場と名づけ、来店者が買い得だと感じ、来店頻度を増やす店づくり。後者は、素人同然の従業員に、商品の仕入れから陳列、値付け、販売まで任せ、安田はいっさい口を出さず、彼らのやる気を喚起する人材育成法である。

なぜ、安田氏はこうした発想ができたのか。

そのヒントは、ドンキの前身「泥棒市場」開店までの彼の足跡にありそうだ。岐阜県生まれの安田氏は、慶應義塾大学に合格して上京するが、そこで劣等感と嫉妬心にさいなまれる。周囲が金持ちの子息ばかりなのに反発し「こいつらの下で働く人間にだけは、絶対になりたくない。ならば自分で起業するしかない。ビッグな経営者になって、いつか見返してやろう」と野望を抱く。