品質向上に必要なプラスαの一言
一方、ANAの整備本部にも危機感があった。整備部門はいつも事故と対峙している。75年の入社以来、機体整備に従事してきた同社参与の石井和宏さんは次のように話す。
「私たちにできることは安全の追求にほかなりません。私がいた東京整備工場には、ANA以外に5つの整備専門会社が入っています。彼らには本社社員への遠慮があり、職人気質で口下手の人間も少なからずいる。そこで工夫されたのが、ヘルメットの横に『たかが一声、されど一声』というシールを貼るといった方法です」
整備の現場では、機体の種類によって人数は異なるがチームで作業をしていく。もちろんマニュアルはあるが、石井さんは“プラスα”を求めて整備の品質を高めていくべきだと考えている。結果、定時運航の維持、ひいてはCSの向上につながるからだ。そのために必要なのが、所属や世代を超えて提案ができる仕組みだといっていい。
その一つに、整備完了後のコーヒーブレークがある。「デブリーフィング」と呼ばれる状況報告だけで解散せず、工場内のデスクに集まってワイワイガヤガヤと語り合う。
「ANAは基本的におしゃべりを大切にする職場なのですが、私は『なぜ帆船は風に向かって進めるのか?』といった討論テーマを決めて、自由に発言してもらうように努めました。実は飛行機とも密接に関連していて、自分たちの仕事にも参考になって話に弾みがつくからです」(石井さん)
これがパイロットの現場なら「ハンガートーク」になる。かつては、悪天候などでフライトがキャンセルになると、機長や副操縦士が格納庫の片隅で情報交換をしたという。ここでは、彼らの貴重な飛行体験が語られ、先輩の経験を自分の参考にできる。
そのハンガートークをCAに当てはめれば、控室や機内での隙間時間を活かしてのコミュニケーションになるだろう。新型の機種で初めてのクルーがいれば、機内食や飲み物などを用意するギャレーの効率的な使い方といったことが話題になったりする。
「もちろん、通常必要な情報は本部から周知されます。でも、雑談のなかにこそ『これが聞きたかった!』というものがあるのです。たとえば、到着地の気候やイベントのような“お役立ち情報”で、お客さまとの距離感をぐっと縮めることができます」(鈴木さん)