大村氏は山梨大学を卒業後、都立墨田工業高校定時制の教師を務めながら東京理科大学大学院の修士課程で研究をつづけた。実験器具などを購入するために、私立学校の授業も受け持っていた。

その頃、父親が地元山梨の学識ある人に大村氏の将来について尋ねたことがある。その先生は「この経歴では将来性がない。せいぜい大学の講師どまり。高校教師を続けて将来は校長になればよいのではないか」と答えた。父親からそのことを聞いた大村氏は「日本では講師どまりかもしれない。だったら世界を目指せばいいじゃないか」と思ったという。

29歳で北里研究所に入り、36歳で夫人を伴ってアメリカの名門ウェスレーヤン大学に留学。日本から「戻っても研究費はない」と言われ、製薬会社をまわって共同研究を打診。メルク社から年間2500万円という破格の研究費が提供される契約を結び、動物薬の研究に打ち込んだ。しかし、3年契約のうち1年が経過しても成果は出なかった。

帰国後、北里研究所に復帰すると、ポリ袋やスプーンを持ち歩いては各地の土を集め、微生物を培養して有望な菌を探すという地道な作業を続けた。

レジリエンスが高い人に共通する特徴

「レジリエンスが高い人に共通する3つの特徴があります。回復力、緩衝力、適応力です。大村先生はこの3つを兼ね揃えていたのではないかと思います」「回復力」が強いと、失敗などで気持ちが落ち込んでも、物事の捉え方を柔軟に切り替えてすぐに立ち直ることができる。逆に弱い場合には、ネガティブな思考・感情が繰り返され、深く落ち込みメンタルの問題に発展するリスクもある。大村氏が、日本で将来の見込みがないなら世界を目指せばいいと発想を転換できたところは、まさに回復力の強さを示している。

2つ目の「緩衝力」は、困難な状況でも大きなストレスを受けない力のこと。いわゆるストレス耐性だ。

大村氏は36歳でアメリカへ渡った。外国での生活は言葉の壁や文化の違いでストレスが多い。しかも、母国から「研究費はない」と言われる逆境にも直面した。

「不測の事態やストレスに見舞われても、それで心が折れなかったのは、しなやかな心で緩衝力を発揮したのではないかと想像できます」

3つ目の「適応力」は、困難や逆境に直面したときに、しなやかに切り抜ける柔軟な問題解決力のこと。

帰国後に必要な研究費をメルク社から勝ち取ったこと、その後メルク社との共同研究で成果が出ないなかでも、ぶれることなく方策をとり、研究をつづけたこと。そのような状況の中、成果を挙げたのはまさに適応力の賜物だ。

「問題に直面しても、柔軟に対応して解決策を見出し、結果が出ないというプレッシャーにも打ち勝った。そこからイベルメクチンを発見し、有力な治療薬の開発につなげたわけです。大村先生の研究者人生には、レジリエンスが高い人に共通する回復力、緩衝力、適応力が随所で発揮されています」

大村氏の成功プロセスは、レジリエンスの重要性を改めて教えてくれる格好の教材だといえる。