人に話すと、心は現実のように感じる

これから先を考えたとき、どんな立場で、何をしてみたいだろう。企業で役員になりたいかもしれないし、起業をしたいのかもしれない。あるいは、仕事はそこそこでいいから趣味の釣りの大会で優勝をしたい……。それぞれに、してみたいことが思い浮かぶことだろう。

どう実現していくかを考えて人に話すことは楽しく、思い浮かべるだけでも心がはずむ。また公言するだけで目標達成に近づくとする考え方もある。わかりやすい例では「ダイエット中だ」「禁煙中だ」ということで、目標を達成しやすくなるメカニズムがある。それは、人前でその行為をしにくくなるからだ。ところが、成功へのモチベーションになると、どうやら話が違ってくるようだ。心理学者のデレク・シバースは「目標は人に話してはいけない」という。

目標を達成するまでには、努力をして苦しい道のりがあるはずだ。ところが人に話した瞬間に、本来は実現するまで得られないはずの満足感が得られてしまう。そこでいい気持ちになり、目標を実現したように心が錯覚する。ここから努力が始まるはずなのに、満たされてモチベーションが低下してしまうのだ。

つまり、人に目標を語ることは、成功する前に満足感を得る“代償行為”をすることになる。代償行為とは、ある目標に到達できなくなったとき、代わりの満足を得るために元の目標に似た、別の目標に向かって行われる行動のことだ。

心理学者クルト・レヴィンは、「中断された行動と類似した行動に、代償行動として高い価値がある」としている。代償行動は実際の行動ではなく、空想したり言葉にしたりするだけでも可能ながら欲求は十分に満たされないため、心理的緊張はいつまでも残るという。

デレクによると、1933年心理学者ヴェラ マーラーは「他の人に認められると、心は現実のように感じる」ことを示し、2009年には心理学者ピーター・ゴルウィツァーがこんな興味深い実験をしている。