すっかり王者が定位置となった王者アサヒの見つめるその先は、業界全体の活性化だ。

なぜ金魚すくいは楽しいのか

今年の春、ビール売り場で異変が起こった。1987年の誕生以来、メタリックと黒を基調にしてきたスーパードライがピンク色になっていた。桜をあしらった春限定のデザイン缶だ。一歩間違えればブランドイメージを毀損する恐れもあったが、アサヒビール小路明善社長は挑戦の理由をこう語る。

「私が最初にピンクの缶を提案したとき、社内でも反応は冷たいものでした。しかし、ブランドは大事に取っておくだけではだめで、活用して初めて価値が上がる。実践を重ねて成長するという点では人もブランドも同じです」

アサヒビール社長
小路明善
(こうじ・あきよし)
1975年、青山学院大学卒業後、アサヒビール入社。アサヒ飲料専務取締役企画本部長などを経て、2011年7月から現職。同年からアサヒグループHD取締役も兼ねる。

1年近い準備期間を経て世に出した限定発売のピンク缶は計画の倍となる60万ケース超が売れた。小路社長は、成功要因を「コト消費」にフォーカスしたことだと分析する。

「去年、ハロウィンの市場規模がバレンタインを超えました。催事やパーティーを最大限楽しもうという志向が日本に広まりつつあります」

そこで重要なのが、いかにして付加価値を感じてもらうか。年度で最初のイベントは花見。買い出しでスーパーに向かった若い男女に、「これが買いたい」と思わせるようなワクワク感をいかにして演出するか。その答えがピンク缶だったのだ。

営業統括本部量販統括部の小林大輔次長はコト消費の極意をこう説明する。「ペットショップで金魚を買いたいと思わない人でも、夏祭りの金魚すくいは楽しいからやりたくなる」。

小売店の反応はどうだったのか。量販統括部の鳥沢杏子副課長は「最初はギョッとされた」と話す。しかし、動揺は一瞬だった。ピンクのスーパードライが売り場にあることで、酒類全体の注目度がアップした。

「ナンバーワンブランドであるスーパードライには、流通のほうからも市場を活性化してほしいという期待がかけられています」(鳥沢氏)

コト消費に目をつけたアサヒ。現在取り組んでいるのは、発泡酒、新ジャンル、その他の酒類も含めて、カテゴリーを横断して同じテーマで訴求すること。それぞれのメッセージがバラバラになりがちだったテレビCM、SNS、店頭でのディスプレーにも、より一貫性を持たせ、訴求力をさらに高める。今夏におけるテーマは「花火」だ。6缶パッケージの包装も花火で彩り、具体性を持った季節提案を仕掛ける。