中国の混乱を防ぐ2つの条件

上海の街の中での経済格差ではなく、中国という国全体での経済格差を考えてみると、その最大の原因は農業人口の多さにあるであろう。生産性の低い農業に従事する人口がまだ5割を超えている。大阪万博当時(70年)の日本の農業人口比率は、すでに1割を切っていた。

どの国の経済発展のプロセスでも、古い経済での主力産業である農業から工業やサービス産業への人口移動は、そのスピード、途中での秩序破壊がもたらしかねない混乱への対応など、きわめて重要な課題である。戦後の日本経済は、この重要課題をじつにスムーズに解決した、かなり例外的な成功例である。それが、早くも70年代に日本国内の地域格差、所得格差が小さくなっていた大きな原因の1つであろう。

大阪万博当時の日本経済と現在の中国経済の違いとして大きなものは、この農業人口の比率にある。それが、「上海の光と影」あるいは「万博でのマナーや混乱」という表面に表れている問題の深層部分の一つだと私は思う。

だからといって、それが今後の中国経済の発展の足を引っ張るだろう、とは私は思っていない。たしかに短期的には、上海万博後の中国経済の構造調整はかなりの規模になるだろう。北京五輪と上海万博を国の威信にかけて成功させたかった中国政府が、かなりの無理を続けてきた可能性があるからである。

しかし長期的には、農業人口の第二次、第三次産業へのさらなる移行という課題は、むしろこれからの中国の成長のエネルギーの源泉になりそうだと思う。個人でも企業でも、そして国家でも、内部に抱えた矛盾を解決しようとして前進のエネルギーが生まれるケースは多い。将来への夢がもたらす前進のエネルギーと並ぶ、エネルギー源であろう。それが、まだ中国には大量に存在しているのである。

もちろん、それが意味のある前進のエネルギーとして機能するためには、当面は矛盾がもたらす不満が社会の中の大きなうねりとなって社会的な混乱を引き起こさないことが重要である。矛盾は、前進ばかりでなく破壊という混乱をもたらすことがあるからである。

社会の中の当面の矛盾が大きな混乱につながらないためには、少なくとも2つの条件が必要だと思われる。1つは、将来に向けて多くの国民が共有できる夢や目標があることである。もう1つは、矛盾からどうしても生まれる混乱への動きを小さく抑えるような収拾機構、あるいはときには圧力装置が社会の中に存在することである。