現役時代の実績は別もの

指導はシンプルである。まずは逆方向に強い打球を打つ。バットのヘッドを下げず、左打者は遊撃手の頭上、右打者は二塁手頭上を狙って強く振り抜く。相手にプレッシャーをかけながら、1点をコツコツと取っていく。送りバントや進塁打を確実に決める。走者を塁上にためていけば、相手投手に重圧がかかり、野手にもミスが生まれることもある。

就任時、素質がありながら伸び悩んでいる選手をつかまえ、「おまえがなぜ、レギュラーをとってないのだ」とやんわり檄を飛ばしたこともある。じっくり観察し、選手の長所を伸ばそうと努める。

凡退や失敗を恐れない。打てなくても、少々のミスでも我慢する。指導には、学生たちに少しでもいい野球人生を歩んでもらいとの思いがあふれている。指導者の大切な資質ともいえる「見返りを求めぬ愛情」である。

開幕前、今季の早稲田は弱いと言われていたのに、高橋監督が学生の力を引き出し、勝つことで学生たちに自信が芽生えてきた。投打がかみあい、1試合ごとに学生は成長してチームの成熟度が上がった。「名指導者」と評する声が多い。

「名選手、名監督に非ず」との言葉がある。いや「名選手にあらずんば、名監督にあらず」と言った人もいる。要は人。どちらが正しいかはともかく、現役時代の実績と、指導力は別ものなのである。

松瀬 学(まつせ・まなぶ)●ノンフィクションライター。1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。著書に『汚れた金メダル』(文藝春秋)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)、『一流コーチのコトバ』(プレジデント社)など多数。2015年4月より、早稲田大学大学院修士課程に在学中。
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