清宮克幸(ヤマハ発動機ラグビー部監督)

きよみや・かつゆき●1967年、大阪府生まれ。早稲田大学では2年時に日本選手権優勝、4年時には主将で大学選手権優勝。卒業後はサントリーに入社。2001年に引退し、早大ラグビー部の監督に就任、5年間で3度の大学選手権優勝を果たす。06年、サントリーラグビー部の初のプロ監督として就任。07年度にマイクロソフトカップ優勝。10年にサントリー監督を辞任し、11年2月、ヤマハ発動機の監督に就任。47歳。

有言実行の男である。就任当初から「ミラクルを起こす」と公言していたヤマハ発動機の清宮克幸監督が、とうとう日本一に上り詰めた。ラグビーの日本選手権の決勝で因縁の相手、サントリーを下した。快勝だった。

選手たちの手で宙に舞った。優勝会見。開口一番、笑いを押し殺しながらこう言った。

「見ての通りです」

自身の立てた戦略に間違いはない。フィジカルを徹底して鍛え上げ、強みのスクラムとラインアウトを生かす戦略を立て、堂々と実践した。コトバに自信が満ちる。

「決勝戦だというのに、何ともまあ、アグレッシブに戦ってくれました。強気、強気で、前半(15-3)をああいうスコアで折り返したことが一番の勝因だったと思います。“ヤマハスタイル”というチームスローガンを貫いた結果が前半になりました」

試合には流れがある。もちろん、相手ペースの時間帯もあった。とくに後半、エースFB五郎丸歩をシンビン(一時的退場)で欠いた10分間は危なかった。

「でも選手たちがからだを張り続けて、結果、ノートライに抑えました。ベストゲームでした。今シーズン一番の試合だったんじゃないかなと思います」

そう言うと、隣の三村勇飛丸主将に笑って話しかけた。

「褒めすぎ?」

いい時はいい、悪い時は悪い、と選手たちには伝える。甘い文句を口にすることなく感激を与える。コトバの効果も熟知している。シーズン終盤、選手をその気にさせるため、記者会見では「ワンステージ上がった」と語り、選手たちを暗示にかけてきた。

ヤマハは2010年、本社の業績不振によるチーム強化費の縮小という憂き目にあった。部員の約半分が部を去り、トップリーグ降格の危機に瀕した。その後の11年、監督に就任した。それまで率いて優勝した早大、サントリーとは戦力が違い、ヤマハはいわば無名選手の多い「雑草集団」だった。

まずはからだ作りから始めた。4年前、レスリング五輪メダリストの太田拓弥コーチを招き、早朝からレスリングのトレーニングも増してきた。今季からはボディービルダーのコーチも指導についた。

選手がタフになった。お陰で、今年は試合のレギュラーがほとんど、変わらなかった。4年間のハードワークの結果でもある。

「去年までできていなかったことが、できるようになった。今日も、タックルして、起き上がって、ファイトして……。それを続ける技術も体力も精神力もやっとついてきた。やはり4年間の時間が必要だったんです」

清宮監督とて、少し変わった。47歳。指導責任をコーチと分担するようになった。スタッフも環境も選手も変わった。チームの成長とはそういうことだろう。

「ぼく1人が戦術を変えたくらいでチームは変わりません。全員で勝ち取った日本一だと思います」

彼我のチカラを分析した上で、試合の構造を分解し、「どこで、どうやって勝つのかを」を明確にする。だから選手の迷いが消える。もちろん、勝負魂も大事にする。

「必然の結果ということですか?」と聞けば、不敵な笑みを浮かべた。声が弾む。

「必然の勝利。間違いないです」

勝負に絶対は、ない。でも絶対を信じないと勝利もない。名指導者はそのことを熟知しているのである。

(齋藤龍太郎=撮影)
【関連記事】
「夢は、パレードしてもらうことです」-須田康夫
「すべてポジティブにとらえて」-堀江翔太
「伝えたいことは“仲間の大切さ”」-霜村誠一
「小さいことを大事にしよう」-流 大
「失敗から学ぼう」-古川拓生