地道な「整流」が未来への種まき

セーレンでは、5ゲン主義や整流の取り組みと並行して、88年に「IT化」を経営戦略の一つに掲げ、推進してきました。当時はまだ「IT」という言葉すら一般的ではありませんでしたが、21世紀に向けてIT技術をどれだけ取り込めるかが会社が生き残るための鍵だと考えたからです。とはいえ、繊維産業は元来、極めてアナログな世界です。そこにIT技術を取り込むには、整流による徹底した改善活動が不可欠でした。

繊維産業がなぜアナログなのかと言いますと、原材料となる綿や麻、シルクは天然素材ですから、そこから糸を作れば太さに±3%ほどのバラツキが出ます。太さにバラツキのある糸で生地を織ったり編んだりすると、生地の厚さにも当然バラツキが生じます。その生地を染める染料も、アナログ作業の頃は温度や量などに若干のバラツキがあり、これらのバラツキを最終的に修正して色を合わせていたのが職人の勘やコツでした。まさに職人技、神業だったわけです。

染色工程のIT化は、それらのバラツキが正確に反映されることを意味します。アナログの時は職人の神業で補正していたものが、デジタルの場合はわずか±3%のバラツキも無残に現れてしまうのです。それを防ぐには、糸や染料のバラツキを失くし、条件を均一に整えなければなりません。そこで私たちは、整流活動の実践を通して生産工程を徹底的に管理することで、糸や染料を均一な状態に近づけようとしたのです。

生産工程でのバラツキを失くすのは、並大抵のことではありません。技術者ほどその辺の難しさが身にしみているので、IT化には猛反対しました。「バラツキを失くすのは、技術的に無理です」と彼らは言う。

ところが、私のような文系の人間は、技術のことはよくわからない代わりに、「こうなったらいいな」という夢を描くことができます。つまり、現在の延長線で物事を考えるのではなく、ありたい未来から現在を変えていくことができるのです。私の夢は、繊維産業のIT化により、それまでの大量生産から多品種・小ロット・短納期・在庫レス・カスタマイズへとファッション流通を大きく転換し、21世紀の消費者に「欲しいものを欲しい時に欲しいだけ」提供することでした。

地道な整流活動と、夢への飛躍――。今ふり返れば、この二つがあったからこそ、不可能と思えた生産工程のIT化を可能にすることができたのだと思います。そうして誕生したのが、当社独自のデジタルプロダクションシステム「ビスコテックス」です。他社がどこも実現できなかった生産工程のIT化を、セーレンだけが実現したのです。ビスコテックスは現在、住宅資材や看板など非繊維分野でも応用が始まっており、世の中を変える技術としての可能性が広がっています。次回はビスコテックスについてお話しします。

川田 達男(かわだ・たつお)
セーレン会長兼最高経営責任者
1940年、福井県生まれ。62年明治大学経営学部卒、同年福井精練加工(現セーレン)入社。87年社長就任。2003年より最高執行責任者(COO)兼務。05年より最高経営責任者(CEO)兼務。05年に買収したカネボウの繊維部門をわずか2年で黒字化させる。14年より現職。セーレン http://www.seiren.com/
(前田はるみ=構成)
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