「世間のほとぼりが冷めるまでは……」
A氏が言う「記者」とは、記者クラブ所属の記者である。そこで、旧知の全国紙B記者に聞いてみた。
――官僚の中には、秘密保護法でコメントを拒めるから助かったと言う人もいますが?
「それを僕に聞きますか?(笑)。たしかに、大事なことは話してくれません。こちらも法律が気になって情報開示を無理強いできないわけです。しかし、その相手以上に急所を知る立場の人物は見当たらない。TPPは特にそうです。となれば、本当はしつこく聞くしかないが、しつこく聞いたコメントをもとに報じた記事が騒ぎになれば、それが秘密指定されていた場合、取材したほうもやられる」
――だから?
「どうしろっていうんですか(笑)」
――新聞社としてはどうするつもりですか?
「当面は“大本営発表”につきあいます。いろいろと行間で伝えるしかないでしょうね」
――行間? 文藝作品みたいですが(笑)。ニュースは率直でストレートじゃなければ用をなさないのでは?
「その通りですが、話によると、どうせしばらくは泳がせるつもりみたいですから」
――泳がせる? 誰がナゼ?
「法制定を反対されて注目され、それが施行されてまた注目された。世間のほとぼりが冷めるまでは、とりあえず大したことはしないだろうという意味です」
――話によると、というのは?
「政治部」
――官邸詰め?
「いや、はっきり覚えてなくて(笑)」
秘密保護法を盾に「法が禁じたのだから、と言えば記者ならわかってくれる」と考えている官僚がいる。当局が「ほとぼりが冷めるまで泳がせるつもり」であることを阿吽の呼吸で承知しているメディアは、当面“大本営発表”も厭わず紙面を埋める準備さえあるらしい。
開示すべき情報を含むすべての行政事案に「黙して語らず」を押し通せば、役人は法の処罰を回避できる。官僚の保身と自主規制による情報隠蔽は、秘密主義の心理と対応の連鎖を促し、その積み重ねで役人の情報公開ハードルはますます高くなるだろう。放置すれば、国民にとって必要な行政情報の開示は限りなく「0(ゼロ)」に向かう。
(時事通信フォト=写真)