伝統の上に革新は築かれる

『カイエ・ダール』復刊の道のりは、2010年のパリでドラマチックに始まった。休刊しているはずの『カイエ・ダール』の看板を街角で偶然目にしたアーレンバーグは、思わずその建物に足を向ける。ゼルボスの死後、出版活動は休止していたものの、当時と変わらぬ場所に存在していたのだ。急な来訪でオーナー不在のため、名刺を置いて出たその数日後に連絡があり、条件も値段も聞かないうちに買い取る意思を伝えたという。復刊に際し、創刊時の表紙のロゴや判型、広告不掲載など編集方針を継承している。アップル社のロゴのように、この雑誌はゆるぎなく完璧なフォーマットを擁している、と彼は語る。

(提供=Courtesy of Edition Cahiers d'Art, Paris)

前衛的で洗練されたスタイルは古びることはなく、永遠のコレクションアイテムとして未来のマーケットでも通用するという、自身もアートコレクターである彼の揺るぎない確信に基づいている。むしろ情報が容易く手に入り氾濫する時代だからこそ、妥協を許さないアーティストや文化人、編集者、職人が作り上げる特別な1冊は、欧米を中心とした厳しい審美眼を持つアートコレクターや研究者の蒐集に値するのだと。復刊後は毎号締め切りを敢えてもうけずに、年1、2冊のペースで刊行している。実に贅沢な雑誌でしょう、と彼はいたずらっぽく笑った。今を生きるアーティストとともに、50年余のブランクを感じさせないタイムレスでユニークなアート作品としての雑誌をめざし、世界を飛び回る日々を過ごしている。

復刊から3号、通算100号目は、世界的な現代美術家である杉本博司の特集号で、普及版と限定版の2種類を刊行した。この特集は構想から出版まで2年の歳月をかけ、パリやニューヨーク、東京で作家との綿密な打ち合わせを行った。彼の代表的な写真の作品だけでなく、建築や古美術、文楽など多岐にわたる活動や、杉本の手による文章も掲載している。

アーレンバーグは雑誌以外の出版ビジネスも再開し、これから日本を含むアジアにも販路を展開する予定だ。電子ブックの時代に、なぜいま紙の出版物を手がけるのか? その問いに彼はこう答えた。人がリアルな手触りのアートを求める限り決してアートブックは消えない。伝統の上に革新は築かれる、と。