なぜ接客にはマニュアルがつかわれるのか。ひとつの目的は「口を慣れさせる」というものだ。そして、同じ言葉を繰り返すことで、「つかい方」がわかる。「ありがとうございます」は、感謝にも皮肉にもなるのだ──。
出店速度が2倍に新業態を支えた言葉
「はい、よろこんで!」
大庄グループが展開する「庄や」や「やるき茶屋」などで飛び交うおなじみのかけ声である。
一度耳にしたら忘れられないひと言が生まれたのは、1982年。それまで主力だった「庄や」とは違う新しい業態について役員で話し合っているときのことだった。現在、大庄の研修センター長を務める平博さんは、営業本部長として会議に参加していた。しかし、いいアイデアはなかなか出ない。
「何か新しいコンセプトはないのか」と平さんの兄である平辰社長(現・会長)は、役員たちを見渡した。役員たちは目を合わせないように顔を伏せていた。社長の鋭い視線が平さんを捉えた。目が合った平さんに対して社長は「早く考えろ!」「これから『庄や』だけでやっていけると思っているのか!?」「まだ何も出ないのか!」と繰り返した……。
「そう簡単に思いつくわけがないのに社長は執拗に責めてくる。こっちはどんどん追い詰められて苦しくなって、顔色が悪くなるのが自分でわかるほどでした」と平さんは30数年前の出来事を振り返る。
考えあぐねる平さんの脳裏に「ひとつの言葉がポッと浮かんだ」。
「よろこんで――」
平さんは開き直って続けた。
「苦しいときにも、よろこんで! 辛いときにも、よろこんで! くやしいときにも、よろこんで! かなしいときにも、よろこんで! なんでもかんでも、よろこんで!」
このフレーズをはじめて使ったのが、東京・水道橋にオープンした「やるき茶屋」1号店。水道橋で先行して営業していた3店舗の「庄や」でつかわれていた「かしこまりました」に対して、「はい、よろこんで」は斬新で新鮮だった。客に受けた。すぐに「やるき茶屋」は「庄や」の売り上げを抜いた。開店から6カ月後には、「庄や」の店内でも「はい、よろこんで!」という声が響き渡るようになっていた。
「業績がよくなくて壁にぶつかったときにこそ、『よろこんで、私にやらせてください』という気持ちが大切なんです。苦しみのなかから生まれてきた『よろこんで』は、声に出した自分自身だけではなく、組織も勇気づける言葉。だから、お客さまに元気がある、迫力があるとよろこんでいただけているのだと思います」