ドコモ時代は何も作り出せなかった

僕が会社を辞めてレアジョブに集中し始めたのは、2008年の2月のことでした。その後オフィスは「ベンチャー神田」というインキュベーション施設に移りました。会社を辞めるときは、もちろん迷いもしたのですが、よくよく自分が何に迷ったり悩んだりしているのかを考えると、単にぼんやりと不安なだけなんですよね。

対してレアジョブのサービスが実際に始まると、無料会員として登録してくれる人も最初は1日に1桁ではあったけれど、それでも面白いんですよ。このチャンスを逃したくなかったし、やりがいを感じられる仕事をしないことの方がリスクだと感じました。もし失敗したとしても、借金を抱えてまで始めたサービスではありませんし。

ユーザーさんが入ってきてくれるようになってからの面白さは、本当に何にも代えがたいものだと思いましたよね。自分たちがリアルに声をかけた人たちではなく、ネット上でサイトを見て面白そうだと思ってくれた人が、実際にサービスを試してくれて、ついにはお金を払ってくれる。これには興奮するものがありました。

僕はその頃、家に帰るとサイトのデータベースを見たり、アクセス解析を一人ひとり追ったりして、ユーザーさんがどういう動きをしているかを見ていました。アクセスログを取って、どういう検索キーワードでサイトに入ってくるか、どれくらい滞在しているかをきちっと見る。それに従ってサイトを改善し、「スカイプ英会話」という検索ワードで検索順位が1位になるようにSEOも工夫していくと、確かにPVも登録してくれる人もまるでゲームみたいに増えるんです。

考えてみれば、僕はNTTドコモで研究を3年やって、実際にサービスとして実装されたものはほぼゼロだったんです。特許を3つ書いたくらい。実力が足りなかった、と思います。

何も作り出せなかったということは、社内に対しても社外に対しても、自分が生み出している貢献はゼロなんだ、という気持ちがずっとありました。だからこそ、それがたとえ数人であっても、ユーザーにサービスが届いていくのがやっぱり楽しくて新鮮だったんです。全く知らない人が課金してくれるということは、そのサービスに価値を感じてくれているということですから。

ユーザーさんがサイトに来てくれるという喜びが最初にあって、次にお金がチャリンと入る喜びがあった。それから、メディアに取り上げられる喜び、人を採用できたことへの喜び、そして、そこから売り上げが伸びて徐々に大きくなっていく喜び……。さらにまた新しいサービスを生み出していく喜びが、この先にはきっとあるはずです。

自分一人が成長したいという欲求はあまりなくて、とにかくサービスをそうやって伸ばしていきたいという思いが強いですね。それが当初からの原動力ですし、いまも僕はその延長線上でこの仕事を続けているんだと思います。

レアジョブ:Skypeを使ったマンツーマンの英会話サービスを提供。設立は2007年。14年6月、マザーズ上場。社員数46人(単体)。
【関連記事】
「好きなこと」へのこだわりはいらない
ホリエモンと今の起業家、どこが違うか?
事業は「社会を良くする」から逆算できない
「仲間で頑張ろう」って、学生かよって
最初のビジネスはまったく芽が出なかった